私が岩首の集落に住み始めて6ヶ月。

集落で生活している中でいつも祭りの話は絶えません。
「今年の祭りは~」、「鬼打ちは~」それぞれの思いを話してくれました。

9月に入ってからは、毎晩お宮に余興部メンバーが集い、鬼打ちの練習をします。
19時すぎから呼び太鼓が集落に響き、順々に石畳の上で集落の若者が鬼を打ちます。

「どこどん ちんどん」と口ずさみながら、その横で新入りたちの練習です。




佐渡に来たかった理由の1つに「祭り」があります。高校生の頃に出会った郷土芸能。
お囃子の太鼓や笛を聞きながら、みんなで踊ることが大好きでした。

地域に残る祭りや芸能を見に行ったり、教えてもらう過程の中でいつもそこには憧れがありました。そこに住む全員が関われるものがある、年齢に関係なく話しが出来る、芸能があるからこそ、生まれる地域の絆があると思うのです。


いつも余興部の副部長さんが、「岩首の祭りは、誰1人かけてもいけない。」といいます。関わっている1人1人に役割があって、思いがある。



祭りが始まった朝5時からお宮に帰ってきて最後の言葉が終わったのが23時頃。とにかく必死に自分が出来る事をして過ごしました。とても長い1日でした。

祭りが終わって「いい祭りだった。」と一杯お宮で余興部のみなさんとお酒が飲めて一気に力が抜けました。
ここ住み始めて色んな人にお世話になっています。家々をまわる度にお家の人に声をかけれる事が出来て、「この花は、さとこに打ってもらいてえ。」と言って頂けて本当に嬉しかったです。




けれど、必死に走りすぎて、自分の思いばかりで見えなかった事がたくさんありました。

よそ者だから、許されたことや出来た事がたくさんあった事。
余興部だけでは祭りは出来ない、練習中からたくさんの人の支えで祭りが出来ていること。
昔からのしきたりや考えを大事にしている人がいるということ。
集落の女の人たちの思い。
地域の子供たちのこと。
外の人たちの関わり方。


祭りに関わる事は集落と付き合うことだと、今更ながらに実感しました。1年を通して、毎日の生活の先に祭りがあるということ。

もちろんいい鬼を打つためにもっともっと練習したいと思う、でもそれ以上に集落の人たちと沢山話して、それぞれの思いに触れて、また来年の祭りに向かっていきたいと思います。


協力隊としての活動ではなく、いち地域住民として生活をしていくことを意識する瞬間。

祭りはやっぱり私にとっていつも何かを考えさせてくれる存在のようです。


佐渡には、たくさんの祭りが残っていて1つ1つが集落自慢の祭りなのです。
自分のところの祭りが1番だと言える、佐渡に住む皆さんが本当に素敵です。