住民有志「真野新町宿町屋再生プロジェクト」により、11年間続けてきたお茶会を何とか継続して行こうと1年間検討を続けて来た「金の道 真野新町宿で 茶会と町屋体験」が10月10日、11日に無事開催されました。

11日は一時悪天候にみまわれながらも大勢の方にご来場いただき、予想以上の盛り上がりをみせるだけでなく沢山の方々から喜びの声をいただき、まことに嬉しい限りです。

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普段は入ることのない旧森医院の中庭では、ゆったりと野点を味わうこともできました。

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お茶会を盛り上げ真野新町を、町屋造りを活かした観光型商店街に向け発展させたいとの思いより、プロジェクトでは源内邸の黒塀をきれいに塗り直したり、せいない邸の黒格子を再生させたりと色々施策を練ってきましたが、今回、真野新町出身で昭和初期の政治家、山本悌二郎の別邸であった松雲荘を初公開しました。

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20年間使われていなかったため傷みが進み、中に入ることは控えさせていただきましたが、室内も現代では再現することのできないほど凝った造りで地域の貴重なお宝です。

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こうした街並みを大事に保存することも大事ですが、真野新町のお茶会は地域の文化を後世に伝えてゆくことも大きな役割となっています。

まずは、最近めっきり見る機会の少なくなった着物姿。
お茶会では各会場に着物を着て来場された方先着20名にプレゼントを差し上げ、お茶会にふさわしい彩りを添えていただこうと目論みました。

きっかけさえあれば着たいと思っている人も多いので、お茶会は格好の機会を提供したと思います。

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10日は、相川から真野新町までの金の道ウォークが行われましたが、途中お奉行さま御一行に新町大神宮へ立ち寄っていただき、真野の子供たちとのコラボで狸の寸劇を行いました。

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新町大神宮には佐渡貉(むじな)の四天王の一角である「源助」が祭られていますが、その関わりから「佐渡に狐がいない理由」を寸劇でご披露しました。

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さて、どんな理由があるのでしょうか?

《あらすじ-新町風のアレンジがあります》
金山の開発で食べ物が不足し、山を追われたキツネとタヌキは人里に下りてたびたび人々をだましていました。ときに、キツネとタヌキがだまし合い合戦をやろうということになり、負けたほうが佐渡から出て行くこととしました。
その時金山より江戸に金を運ぶお奉行さまの行列がやってきましたが、キツネたちはそれをタヌキが化けたものと思いお奉行さまに無礼をはたらき捕り押さえられてしまいました。
その後、キツネたちは勝負に負けたことを認め佐渡から去っていきました・・・
だとさ。。

寸劇が終わると、一同はおもや本陣に移り「御金荷受け渡し式」が行われます。

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本陣とは江戸時代に大名・幕府役人などが宿泊した公認の宿舎です。
佐渡では小木と相川の佐渡奉行所の中間にある真野新町の山本半右衛門家が佐渡奉行の本陣となっておりました。

ここおもやでは、現戸主で郷土史家である山本修己(よしみ)先生の歴史講和会が実施されました。

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今回にテーマは「金の道 新町本陣と 西三川人形座の首」です。

西三川・高崎人形と言っても、佐渡でもほとんど知られていません。
江戸時代、佐渡に来た人形芝居が街道筋の山村に根をおろし、人々を楽しませたものだそうです。
このような郷土の古い娯楽道具も、山本先生は大事に保存されています。

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最後にご紹介するのは源内邸での「鉢台料理」です。

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「鉢台料理」とは、佐渡では結婚式などの祝い事の際に各家庭で振舞われたものです。
定かではないのですが、400年前金山で佐渡奉行所が行った「やわらぎ」祝行事が起原だということです。

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台には漆産業で栄えた新町漆を使い、北前船でもたらされた古いお皿を使うなど真野新町ゆかりの装いで復活させました。
今回は初回ということで30席限定となりましたが、「素晴らしかった」とお褒めの言葉と共に、多くの方から「予約が取れなくて残念」という嬉しい苦言を頂きました。

今回が12回目となる秋の茶会。
こうした行事を続けることで、地域のお宝や歴史が忘れ去られず残っていくものと思います。

地域おこし協力隊として「真野新町宿町屋再生プロジェクト」の活動を、これからもお手伝いして行きたいと思っております。