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どうも!
放課後等活動支援担当の五百川将です。

今回は、記念すべき初投稿(いまさらですが…)ということで

「佐渡に移住した理由」について書いてみました。

それでは、どうぞ−−!





佐渡に移住した理由。

2つあります。



1つめは、ズバリ
「地域に中長期的に関わることができるから。」


教員という立場ではないスタイルで学校や教育にずっと関わりたいと思っていた私。



教員だと(主に公立)、避けられないことがあります。
それは、定期的な「転勤」

その学校で、その地域で、
精力的に活動しても、
異なる学校や地域に転勤してしまえば元の場所で活動を続けるのは難しくなります。


既存のプロジェクトや活動に変化を加えたり、新しいことに挑戦していくのはかなりのパワーと時間を使います。

これは、みなさんもだいたい想像がつくかと思います。


準備が整い、「いざこれから!」や「よし、うまくいきはじめた!」

というときにTime is upすることが多い。
後継者がうまく見つかれば良いけれど、そんなに簡単なことではない。

だから、あとひと押しで、あと一歩なのに…というプロジェクトや活動が思いのほかあると思うんですよね。

特に教育分野はより多くの時間が必要です。



青年海外協力隊としてブータンに派遣されていた時に難しいと感じたこともほとんど一緒。

あと、継続してきた活動を引き継いでくれる現地の人を見つけるのもハードだったな。


だから、長いスパンで関わることが必須‼

だと思っています。

それに加えて、

佐渡では、島内の学校がコミュニティスクールになったことで、
教員ではない形で学校に関われる可能性が広がりました。

島内では、研修会も開かれていて、
地域コーディネーターの育成にも取り組んでいます。



そう考えていたタイミングで

「放課後等活動支援」という魅力的な募集がありました。

これは…受けるしかない。
となり、
面接し、
着任し、
現在活動させていただいています。



ここまでが1つめ。


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2つめは、

これは私の性格的な問題かもしれないですけれど、
「新しい環境に飛び込みたい」
という変態な一面が関係していると思います。


少し昔話を、

中学生の時、地元にもチームはあるのに地元から車で1時間離れたクラブチームで野球をしていました。
もちろん知り合いなんていません。
高校も、小中学校の同級生が1人もいない高校に進学して0から友達つくりをしました。
(野球部以外そんな友達いなかったけど)
大学も、縁もゆかりもない土地にある場所の学校で4年間過ごしました。

大学時代には、様々な団体や国に1人で飛び込みまくっていました。



繋がりが続いている方も大勢いますし、
普段、会わなくてもSNS上で応援してくれる方もいます。



大学卒業後の進路として、
青年海外協力隊に応募して発展途上国に行くぞという決断をしたのもそういうことだと思います。

周りからは「行動力あるね」と言っていただけますが、

個人的には、そんなこと微塵も思ってなくて選択してきた道がたまたま人と違っただけだと捉えています。



関係性を築いて居心地のいい空間にいる選択も出来たと思います。

でも、それじゃ「ワクワクしない」という言葉が心のどこかから湧いてくるんです。


「居心地がいい」=「甘える」

個人的にこの構図になりやすい。

それを防止している面もあると思います。



いろんな方の支援もあり、
青年海外協力隊の任期終了後のキャリア選択を


地方(あわよくば離島)×教育×ワクワク度数

で探していました。


検索した結果、
ヒットしたうちの1つが佐渡でした。


そして、無事に移住し生活しています。

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あ、元気です。



少し長くなりましたが、
最後まで読んでくださりありがとうございます。

これが、私が佐渡に移住した理由です。

入口としては「佐渡好き」「佐渡LOVE」で移住したわけではありませんが、
現在は、
佐渡のことをもっと知りたい、発信したいと思っています。(勿論、活動についても)



普段は、
個人のInstagram で
#佐渡に住んでみた 

https://www.instagram.com/piku__it/?hl=ja

で発信をしています。

これからは、定期的にブログも投稿していこうと思います。
どうぞ、お見知りおきを。