佐渡市地域おこし協力隊サイト

佐渡市地域おこし協力隊全メンバーによる活動報告のサイトです

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文化/伝統


こんにちは、和風雑貨が大好物な渋谷です。

 

みなさん、「裂織(さきおり)」って知っていますか?

私も佐渡に来て初めて知り、「なんだそりゃ?」と思ったものです。

 

そんな時に地域の方に頂いたのが、この裂織の名刺入れです↓
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かわいい!ですよね!

一目見て、裂織に心を奪われてしましました。

最近は名刺入れを見せびらかしたいがために、名刺を配っているようなものです。


「裂織ってどうやって作るんだろう?」

「どういうものか知りたいな」

 

というように思い、赤泊地区外山部落の裂織制作チームの『綾の会』の

加藤さん・除さんお二人のお宅を訪ね、お話を聞いてきました。

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裂織は古くから伝えられてきた、佐渡で盛んな伝統工芸品です。

数は少ないけれども日本中で続いている工芸で、全国大会もあります!

 

昔は一家に1台、農作業の合間に女性がコツコツと織っていました。

特に冬は家にこもり、せっせと織っていたそうです。

織り方はというと・・・↓

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機織り機に縦糸を張り、横に裂いて1センチほどの棒状にした布を通します。

足で縦糸の上下を踏みかえ、トントンと手前に叩いて布を寄せて織っていきます。


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裂織はトントンと強く布を寄せて織るため、1/3くらいに凝縮され、

丈夫な布になるのです。

昔は作業着・荷物を背負う肩や背中の当て布にされていました。


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現在は、服はもちろん、ポーチ、カバン、飾り絵、ブックカバー・・・

アイディア次第で何でも作ることができます。

 

裂織はすべて手作りで、同じものが2つとできない一点もの!

和風な小物が好きな人にはオススメです♪

和服に合わせて、カバンや小銭入れを持ってもオシャレですよね。

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裂織に使用している布は、基本はボロになった布です。

汚れた着物、擦り切れた布団カバー、着古した浴衣・・・

そんな「使えなくなった布」を再利用できるんです!

 

しかし現在はボロでなく、良い着物を裂いて使うこともあります。

着なくなってしまい、捨てることもできずタンスに入りっぱなしになっていた
お母さんやおばあちゃんの思い出の着物。
行き場のなかった着物を裂織にリメイクすることで、再び命が吹き込まれ、
違う形で使い続ける、心温まるようなオーダーメイドの依頼も来るそうです。


模様もいろいろ!↓
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裂織は縦糸、布、織り方で、思い思いにデザインできます。
 

ランダムに色を入れていく、市松模様、グラデーション・・・

応用して、波打つような不思議な模様や、螺旋を描く高等テクニックまで!

もちろん、生地の元の模様をそのまま生かすこともできます。

 

アイディア次第で可能性無限大です!


これが縦に張っている糸です↓写真 2017-05-12 13 29 43

裂織の縦糸を貼るのは難しく、1日がかりの大変な作業なんだそうです。


何百本もの縦糸を張り、上下に動くように一本ずつ白い糸で機械に吊るしていく、

地道で長い作業なんです。

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 しかし、織るだけなら簡単!小学生でもできます。

 

佐渡島内いくつかの観光施設で、体験できます。

器用な子だったら、1時間で30センチ近くも織るんだとか・・・!


ということで、私もやってみました↓写真 2017-05-12 15 18 58

除さんのお宅では、模様の織り込みのお手伝い。

不器用で縦糸に棒をひっかけ切りそうになりながらも、何とか織ることができました!

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加藤さんのお宅では、自分で横に織り込む布を選んで、デザインもしてみました。

時間も忘れて、集中して織っていました。

しかしまぁ、色のセンスが・・・足りない・・・(笑)

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できた裂織は、普通の布と同じように切って、ミシンで縫って製品にします。

私は裁縫がからっきししなので、加藤さんにお任せしました。

 

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作品になって手元に届くと、愛着もわくものですね。

次はデザインを考えて、布も持参で行こうかな!

冬の楽しみができてうれしい限りです。


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裂織は新潟ではなかなかお目にかからないですよね。

佐渡ではスーパーや直売所など、いろんなところに置いているんですよ。

 

モダンなデザイン、渋いデザインもあるので、老若男女誰でも使えます。

お土産にもいかがでしょうか?

 

赤泊地区では、サンライズ城が浜で作品の販売と裂織体験をしています。

佐渡に来たらぜひオリジナルの裂織グッズを作ってみてくださいね~

http://www.akadomari.com/plan/handmade

 

5月21日、快晴の日曜日。
北鵜島集落において「車田植」が行われました。

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車田植が行われる田んぼ


北鵜島の北村家に代々伝わるもので、毎年5月の田植の最終日、大安の日に行われています。
ぐるぐる車輪のように広がってゆくように苗を植えるため、「車田植」と呼ばれており、日本の田植の古い型を長い長い歴史と共に現代に受け継いでいます。
昭和53年には、国の重要無形民俗文化財に指定されました。

以前は日本各地でみられていましたが、現在はここ佐渡市と岐阜県高山市だけに残されています。

そんな貴重な車田植の準備から当日までをご紹介します。


こちらが車田植の習わしを守り続けている北村佐一さん。
北鵜島にある民宿「やま佐荘」のご主人でもあります。
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前日に当日植える苗の苗縛りを行います。
稲わらを用いぐいっと苗を縛ります。
これ覚えておくと何を縛るにしてもいろんなのに代用できるよ~
なんせ稲わらだとタダだからね~と佐一さん。
カンゾウの苗も同様の縛り方です。去年より少しうまく縛れるようになったような・・・
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二人で縛り続けようやく完成。
苗が乾くのを防ぐために田んぼに沈めて帰ります。


翌日。
当日の朝5時より、関係者や来場者に振る舞うためのおにぎりを握ります。
北村さんのご姉妹が、来てくれた方のために毎年準備しています。
今年も100個以上の赤飯や白米のおにぎりを握りました。

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お姉さんの山岸美幸さんは車田植の田植唄の唄い手でもあります。
去年は少し体調を崩されていたようでしたが、今年はとてもお元気そう。
辛そうだった喉も今年はばっちりのご様子。
無形文化財に登録された頃からおにぎりなどを振る舞っているそうですが、やはり準備は大変なようで、体調が悪くなったら振る舞いはできなくなるかもなあ・・とおっしゃっていました。

このおにぎり三個と三把の苗、お神酒を北村家の神殿に供え、礼拝して豊作を祈ります。
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その後、車田植が行われる田んぼへ移動します。
車田植の開始まで、唄い手も早乙女も田んぼで待機中。
早乙女は、佐一さんのご姉妹や近隣集落の方など毎年決まった方がされているそうです。

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佐一さんもポーズ!(ちょっとぶれてます・・)
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9時より車田植の儀式が始まりました。
礼拝し、田へお神酒を供えます。

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神殿に供えられていた三把の苗を一把ずつ3人の早乙女に渡します。
早乙女が車田の中央に集まり、その苗を三つがまえに植えます。
この中心に田の神様がおりてくると言われています。

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その後はそのまわりに一株、二株、三株と後ずさりしながら植えていきます。
畦では先ほどおにぎりを握っていた美幸さんが田植唄を唄います。

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よく伸びるとても素敵な歌声です。
唄と一緒に車田植も進んでいきます。
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美幸さんは田植唄の他に海府甚句なども織り交ぜながら唄を唄ってくれました。
唄を唄うと素朴な気持ちになるんだよ~、昔の曲は素朴な歌詞ばかりなんだよ~と美幸さん。
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目の前に海と青空が広がる田んぼからの景色は、本当に美しいです。
空にはつばめがたくさん飛び回っています。

マスコミの方もたくさん取材に来ていました。
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この日は佐渡島内でロングライドも開催中でした。
参加者の皆さんも何名か見学に来てくれました。
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大勢のマスコミに囲まれるロングライド参加者の方


車田植終了後、参加者におにぎりやおかずが振る舞われます。
今日のおかずはきゅうりのからし漬け、たくあん、スゲナの佃煮、塩イカ。
田んぼでみんなで食べるおにぎりやおかず、とってもおいしいです。
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佐一さんも早乙女の皆さんも並んでおにぎりを食べています。
大変お疲れ様でした。

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たくさんの唄を知っていて、唄が大好き。素敵な唄声を聞かせてくれた美幸さん。
早乙女として40年、田植唄を唄って約10年の大ベテランです。

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この田植唄を途絶えさせたくない、引き継ぎ残していきたいと強くおっしゃっていました。
今後、妹さんへ引き継いでいきたいという気持ちをお持ちのようでした。

北村家の皆さんにとって、車田植の習わしは手間や労力がかかるものであることも事実です。
実際、去年今年と二年続けて立ち合い、体力的に辛そうな場面を何度か見かけることもありました。
それでも、大勢の人達に囲まれて車田植について話す顔は皆さんとても嬉しそうで、誇らしげで、そんな姿はとてもかっこいいなと思います。
こうやって家に代々続く習わしをずっと守り、続けてこられていることは単純にやっぱりすごいことです。

辛い部分はあっても、こうやって見に来てくれる人がいて、伝えられることが原動力になり、また来年もやろうという気持ちに繋がっているのかな、とそんな姿を見て感じていました。

北鵜島の車田植は毎年5月中旬、大安の日に行われています。
北村家の皆さん、早乙女の皆さんの勇姿をぜひいつか見に来てくださいね。
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外海府の矢柄(やがら)という集落には、とても小さな薬師堂があります。
観光名所になっているわけでもなく、ガイドブックにも載っていないような、
小さな、小さな薬師堂です。

あえて、この薬師堂の記事を書きたいと思う出来事がありました。

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矢柄の薬師堂では、毎年旧暦の3月8日に、護摩焚き法要を行っており、昨日がちょうど、それにあたる日でした。


2年前、私が着任したばかりの頃にも、その体験の一部始終をこのブログで書かせていただいたことがありました。
こちら↓
http://sado-chiiki-okoshi.blog.jp/archives/1025736118.html

今回お伝えしたいのは、この薬師堂で行われている「33年に1度の御開帳」のことです。

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<矢柄の薬師堂>


相川地区で「33年に1度」を行っているのは、金泉は姫津集落の薬師堂と、ここ外海府の矢柄集落のみだそうで、矢柄集落の御開帳は、再来年に迫っています。

金泉・姫津集落の薬師如来御開帳のブログはこちら↓
http://sado-chiiki-okoshi.blog.jp/archives/1056018617.html


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<矢柄の薬師堂/金色の幕の向こうにお薬師さんが・・・>


今回なぜ、再来年という少し先の告知を書いたかというと、
単純に、私の任期終了までに間に合わないからです。

来年の今頃には協力隊ではなくなり、告知記事をここに書けるのが、今年で最後というわけです。

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<お祝いに欠かせない団子>


姫津集落での御開帳の記事を見ていただくと分かる通り、
33年に1度となれば、それはそれは盛大なお祝いとなるわけです。

矢柄集落でも、お坊さん数名にきていただき、盛大にお祝いをする・・・・・
そうなのですが、矢柄集落は、15軒ほどの小さな集落、いわゆる限界集落です。

外海府には「限界」とよばれる集落が多いのですが、私自身、その言葉で集落を表現することに抵抗を感じていたこともあり、あまり使わないようにしていました。

しかし、矢柄集落が33年に1度のお祝いをするにあたり、集落外からの応援も必要だなと感じることがありました。

それは、単刀直入にいうと、お金です。

何事においても、気持ちだけではどうにもならない事ってあると思うんです。
等身大の表現も大切ですが、ここぞ、という時もあるように思うのです。

矢柄集落での33年に1度のお祝いを、一人でも多くの人に見てもらいたいという気持ちと、
外海府のくらしの美しさのようなものを、垣間見る機会になればという想いがあります。


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<美しい矢柄の浜>


矢柄の薬師堂で行われる「33年に1度の御開帳」は、再来年、旧暦の3月8日です。

もう一度。


再来年 旧暦 3月 8日 で す。


是非、是非、その日は気持ちばかりの御祝いを握りしめて、矢柄集落へお越しください。

その日よりも前に、御祝いを握りしめて、矢柄の総代さん宛にお渡し頂いても構いません。

こういう類の記事って、書いてよいのだろうか・・・・という迷いもありました・・・が、
えいや!と投稿。

想いだけでも伝われば、幸いです。


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<矢柄の「三島」>

白装束をまとい、四国のお寺を回る信仰の旅…
というお堅い印象があった「お遍路さん」。

しかし最近では、
「お遍路ガール」なる女子が増え、パワースポットとされる寺社仏閣を巡ることがブームになっているという特集をテレビで観ました。

 

そのお遍路が佐渡島にもあることをご存知でしょうか。

 

そもそも、「遍路」とは―

真言宗の開祖 弘法大師空海のことを「お大師さま」と呼び、お大師さまが生まれ、修行された四国の旧跡を巡拝することを指します。

 

その目的は、亡き人の供養、健康祈願、自分探しや開運・縁結び、癒し、建築やたたずまいの鑑賞、ご朱印集めなどそれぞれです。

 

佐渡には281ヶ寺のお寺がありますが、明治維新の時には539ヶ寺あり、信仰の島といわれる由縁になっています。そして、真言王国というほど真言宗寺院が多く、それだけお大師さまへの信仰が篤く、霊験話も伝わるそうです。

 

佐渡から海を渡り他国へ出掛けることが難儀であるため、島内各地には本四国の写しの霊場が開かれました。小木周辺の三崎遍路、国仲の国仲遍路多田・河内遍路歌見遍路、加茂新町の新兵衛遍路、金井泉の又兵衛遍路、春日の安照寺遍路などがありました。

里謡に〽四国西国及びもないが、せめて七日の佐渡遍路
と唄われ、農閑期には1週間ほどかけての巡拝も行われたそうです。

 

島内には、こうした歩き遍路のほか、寺堂内に掛け軸のご本尊を掲げ、ご詠歌を唱える居座遍路(ねまりへんろ)や、1ヶ所に88躰の石仏を並べて拝する石仏霊場も設けられました。

 

昭和6年、乱立していた佐渡遍路が整理統合され、現在の佐渡霊場の礎となる「佐渡一国遍路」が始まり、第二次世界大戦後の札所変遷、佐渡の10ヶ市町村合併を機に改編を重ね、現在の「佐渡八十八ヶ所霊場」となりました。

 

私が担当する相川金泉地域には、それに該当するお寺が3ヶ所、小川集落「多聞院」、姫津集落「萬福寺」、北狄集落「胎蔵寺」があります。

 

そこの住職から「佐渡へんろ」の存在を聞き、88ヵ所を6回に分けて回り、立ち寄りスポットで佐渡を楽しむことができるバスツアーを紹介してもらいました。お寺や風景を楽しみながら、
佐渡をぐるりとまわる
1日バスツアー"に惹かれ、ちょっとした旅行気分で参加することにしました。(完全プライベートな時間です☺)


霊場位置図

私は、第1回(第1番~14番札所+立ち寄り:尾畑酒造見学)と第2回(第15番~27番札所+立ち寄り:賽の河原巡拝)のツアーに参加し、27のお寺を回りました。

その様子を私目線の写真にてお伝えします。
※たくさん写真を載せますが悪しからず。

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島内に数多くあるお寺、1つの島に存在していた多くの遍路、昔から集落ごとにある様々な仏事などは、佐渡の伝統や生活を知るうえで、欠かすことができないものだなと改めて思いました。

来年4月に4回(第4461番札所+立ち寄り:真野公園にて桜観賞)
5月に5回(第62番~77番札所+立ち寄り:姫埼灯台見学)
7月に6回(第78番~88番札所+立ち寄り:北雪酒蔵見学、蓮華峰寺にてあじさい観賞)
が開催され、国仲から小佐渡方面をまわります。
途中の札所からの参拝でもよいそうです。
 

お遍路は、参加者それぞれの目的でよく、決められた服装や持ち物もなく、堅苦しくありません。私のように、お寺を中心に佐渡あるきをしてみようという気持ちでもよいと思います。

お寺で気持ちを落ち着かせつつ、集落のまち並みや海や山の春景色を感じながら、バスに揺られてみませんか。先達する僧侶やほかの参加者とのお話も楽しいですよ。
来年のお遍路にまた参加したいです。



参考文献:
佐渡八十八ヶ所霊場会【
HPhttp://sadoreijoukai.jp/

 「佐渡八十八ヶ所霊場案内 佐渡へんろ」佐渡八十八ヶ所霊場会

問合せ先:
安照寺(第
29番札所)℡0259-27-2673
東光院(第62番札所)℡0259-22-3837


佐渡・外海府の大倉集落。

この村には、島内に九社ある式内社の一つ、大幡神社が鎮座しています。

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少し高台に建てられたその神社からは、村全体が見渡せるようになっており、
黒々とした屋根瓦と、青い海と、畑の緑が、
「外海府の集落」といった感じの素朴な風景をつくりだしています。

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毎年、4月11日に執り行われる大幡神社の例祭「大倉祭」では、
浜での流鏑馬神事をはじめとする祭芸能が、古くから伝統として受け継がれ、
平成16年には、大倉祭が佐渡市の無形民俗文化財に指定されました。

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集落の過疎・高齢化が進み、祭芸能の継承が危ぶまれるなか、
今年の大倉祭は、近隣集落からの応援により、6年ぶりに浜での流鏑馬(やぶさめ)と神輿担ぎが実現し、なんとも言えない活気があふれました。

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私も、協力隊として着任した年から大倉祭で太鼓を叩かせてもらっています。

下手くそな太鼓にもかかわらず、「参加してくれてありがとう」と、
温かい言葉をかけてくださる大倉集落の方々には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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そんな、大倉祭で叩かれる太鼓も、実は鬼太鼓のひとつなのです。

5つの型に分けられるという佐渡の鬼太鼓のうち、大倉の太鼓は「一足型」という、
相川地区の鬼太鼓の原型といわれるもので、江戸時代の鬼太鼓がどのようなものであったを知ることができるのだそうです。😲

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そして、今回、この大倉祭から紐解くことができる鬼太鼓の歴史を探るべく、
あいぽーと佐渡にて、佐渡芸能伝承機構の理事長である松田祐樹氏による解説と、
大倉集落の芸能実演が、行われることとなりました。

<あいぽーと佐渡企画>
「大倉祭から探る江戸時代の鬼太鼓」


【日時】 11月13日(日)14:00~
【場所】 あいぽーと佐渡 多目的ホール及び2階展示室
【参加費】 大人300円  小中学生100円 (2階入館料含む)
【内容】 ・ 佐渡芸能伝承機構 理事長 松田祐樹氏による解説会
      ・ 大倉集落の芸能実演
      ・ 2階展示室の見学
【問い合わせ】 あいぽーと佐渡 TEL:0259-67-6733


☺ ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ☺

大倉集落では、この日に向けて、芸能の稽古が始まっています。

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村で一番、祭を詳しく知る方はすでに80歳を超え、
芸能を教えられる人もまた、ほんの数名です。

また、4月の例祭では、島外からの帰省もあって芸能メンバーを揃えることができましたが、今回は、集落の少ない人数だけで頑張らなければなりません。

今回のこの話も、「人が揃わんから、出来ん。」 と、断ることもできたでしょう。

それでも、「完璧に出来なくてもいい、やることに意義があるのだ」
という答えを集落が出したことは、とても大きな意味があると感じます。

私も、へたくそながらも頑張って練習し、叩きたいと思います。

11月13日(日)は、是非、あいぽーと佐渡へお越しください。

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おまちしております。👹☺👹☺



もう二月も前のことになってしまいましが、片野尾歌舞伎定期公演を無事終えることが出来ました。

最近はテレビで歌舞伎の公演が放送されていて、

「歌舞伎見たよー!」と言ってくれる方が多く、嬉しい限りです。

「女役似合うね。」とも言われたのですが、それは私じゃないです 笑

 ↓もっと美しい方が演じておりました↓

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地域の顔師による化粧。


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着付け等は地域の方総動員で。

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役に入っています。


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太夫さんも最後まで台本の確認をしておりました。

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二年前は家来役をやらせて頂きましたが…


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今回は悪役でーす!(梶原平次景高役)




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今年も満員御礼!
廊下にも入れない方がいっぱいおりました。



ササ、始まり、始まり。



演目「一谷軍機 熊谷陣屋」
「平家物語」が題材。「熊谷陣屋」は全5段の物語の中で3段目にあたります。
源平合戦―源氏の武将・熊谷直実は、平家の若武者・平敦盛を打ちました。敦盛は後白河法皇の子であり、その母・藤の方は、かつて熊谷を救った恩人でありました。そこに主君である源義経が訪れ、敦盛の首実検(本人の首であるか確かめること)が行われます。が、しかし…!


が、しかしなのです!笑
内容が分かると歌舞伎ってさらに面白いくて奥が深いなーと、感激しました。

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藤の方

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相模



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源義経

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梶原平次景高


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弥陀六


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今回の主役である熊谷直実

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熊谷が出家する最後のシーンです。
何故熊谷が出家するのか?

迫真の演技に涙する人も。



無事、長時間に渡る演目を終えることが出来ました。
会場いっぱいに、止まない拍手。

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地域おこし協力隊の任期中に2回も、歌舞伎に出させて頂くことが出来ました。


公演を行うにあたっての大変な部分も、2回目の方がより知りました。

続けるがどうかの岐路に立たされている芸能は、いくつもあると思います。

人がいたから当たり前に出来ていたことが、当たり前じゃなくなってきています。

当たり前に出来なくなってきたので、大変な部分がいっぱい出てきています。



「苦しみ」と「喜び」の間で、ふんばっています。

しんどいからやめてしまえという話でもないと思います。

変えていかなければいけない部分もあるかもしれません。

でも、変えるくらいならやめてしまえという人がいるかもしれません。

とても今、「微妙」な状況だと思います。



結局なんかこう、うまくまとめれないのですが、


僕もそういった状況の中で、受け継いでいく側として、一生懸命繋いでいくのみです。


 

6月18日。

達者集落にある法華堂と真言堂で、『虫供養』が執り行われました。

 

虫供養』と聞くと、どんな供養を想像しますか?

 

私ははじめ、田畑につく虫や家庭に出る虫を排除しているため、「殺した虫の冥福を祈ります」のような意味の供養かなと思いまいた。しかし、本当の意味を聞いてなるほどと思いました。

 

昔は殺虫剤がなかったため、田んぼの稲や畑の作物に虫がついてしまい育たないことが多々あったそうです。それで、「虫よ、作物につかないでください」の意味で、稲が伸び始めたこの時期に行っていると集落の方から聞きました。

 

法華宗は、お堂でお題目を説いたあと、浜に下りて、清酒1升とごはん3杯を神様へ捧げました。

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今では良い薬剤ができたため虫がつくことは昔よりも減っていますが、この供養は昔から絶やさず行っているとのことです。
「昔からやってるからな~やるもんだと思っている」と笑って話してくれました。

 

豊作の1年になりますように。




片野尾歌舞伎公演まであと5日となりました。



全体練習はあと1回で、調整の段階です。



4月20日(日)
リハーサルが行われました。
集落の方を観客に招くリハーサルは、化粧以外は本番と同じ状況で行います。



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【衣装係のみなさまと】



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衣装は想像以上に重たく、暑いです。。

衣装アリとナシでは、所作も変わってきます。




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リハーサル開始中の衣装替え。

主役の熊谷は、計2回の衣装替えがあります。

衣装係さんも総出です!


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リハーサルは無事終わりました。

片野尾の人達も演目が分かっているので、自然と要所で全体から拍手が起きます。



「ここで拍手が起きるから、見得を切ったらもう少し止まりなさい。」

よく稽古で言われていたのですが、(こういうことか!)と、やりながら実感しました。



大目に見てもらっている部分はあると思いますが、それでも、

「イワサキくん、良かったよ。」

と、おばあちゃん達に言われて、たまらなく嬉しかったです。



あと少し!


やりきります!!








気がつくともう4月。

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片野尾歌舞伎定期公演まで、残り僅かとなりました。

稽古すればするほど、凄いチープな感じに聞こえるかもしれませんが、奥が深いなあと。




さてさて、

稽古以外にも、公演に向けて準備しなければいけないことが、今までにありました。


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【衣装合わせ】

過去の歌舞伎の写真などを参考に、自分の役の衣装を揃えていきます。
衣装は全て、丁寧に集落で保管されています。



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演目によっては使いまわしている衣装もあるので、確認し、自分の衣装を揃えます。




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【小道具づくり】

長年使用して傷んでいる小道具を直したり、不足なものを作ったりします。

この箱は、今回の演目でかなーり意味のある箱(鎧櫃)ですが…。


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こんな感じに!

綺麗に張り替えられていました。
他にも鎧であったり帽子であったり、傷んでいるものは直してました。

出来ないことなんてないというか、集落の人のひとりひとりの器用さには、驚くばかりです。


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【カツラ合わせ】



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【稽古後の重鎮の方との交流】

昔は毎回稽古が終わると、一升瓶をつぎ合いながら、歌舞伎談義に花を咲かせていたようです。

演技のヒントを聞き出せたりなど、コミュニケーションはやはり大事ですね。




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早いもので、もう4月です。

日々の稽古やその他の準備があったりで、足早にここまで来たように感じます。


楽しみな気持ちもあり、もう少しで終わるんだなあというさびしさもあり、


何とも言えない、伝統芸能シックです。









島に春の訪れを感じた3月6日の日曜日、赤泊では恒例の民話劇が開催されました。

毎年趣向を凝らした民話劇は今年で25周年と、主催者の赤泊演劇研究会にとって記念すべき公演となりました。

題目は「黒い手拭(てぬぐい)」、佐渡・相川、入川地区に伝わる民話だそうです。

劇では主人公の僧侶・敞念は、傲慢無礼の庄屋に比べ、貧しい小作人家族から受けた恩情に対し、魔法をかけた黒い手拭で、その娘の器量を良くし、家族を幸せに暮らさせました。

一方、無慈悲の庄屋へは、敞念は教えの道を仏の心で諭し、改心させたという筋書きです。

今年も多くの方に観に来て頂きました。毎年出演者、スタッフ総勢100名以上の老若男女島民が関り、一大ミュージカルを自らの手で作り上げている訳です。

日本広しと言えど、地区住民2千5百人程度の旧村で、これだけのパフォーマンスを成し遂げられるのは、ここ赤泊をおいて他に類を見る事が出来ないであろうと思います。

そして、この誇りを、末永く後世へ残して欲しいと願った今年の脇役の一人でした。

劇に関わった皆さん、お越し頂いた皆さん、大変ありがとうございました。


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演劇ー6

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片野尾歌舞伎公演(4月17日 日曜日)に向け、舞台づくりが行われました。
舞台は、片野尾ふるさと館(公民館)のステージに建てます。

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建てるのに必要な道具を運び…。
かなりの量です!


ここからは地域の大工さんを中心に組み立てます。


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「窓側 左前」とか
道具には、どの場所に、どの向きで使うかが設計図のように書いてあって、大工さん達はあっという間に組み立てていきます。


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この段階からどんどん舞台らしくなっていきます。


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襖、障子戸の取り付け。
足りない部分はすぐさま切り出して付け足し。


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おおお!

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ステージをさらに伸ばし、舞台を広く作ります。


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ステージ横に、花道もしっかりと。
ここから当日僕も出てきます!
ドキドキ!


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1日目が終わり、2日目。
舞台づくりは2日間かけて行います。

あんなにあったブルーシートの上の道具も、すっかりなくなりました。


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2日目は幕の取り付けなどを中心に舞台を仕上げていきます。

熊谷次郎直実の紋どころ、「鳩八」の幔幕から、ステージ全体の幔幕つけ。

義太夫と三味線の座る台の設置などなど。


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掃除を済ませ…。


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出来ましたー!!


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小道具づくり等もあるので、まだ舞台づくりが終わった訳ではないですが、これによって、役者陣は立ち稽古が開始となります。


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これだけの人数が集まり、やっと舞台が出来上がります。

んー!大変です!

これも含めて片野尾歌舞伎です。

片野尾に舞台を作り、公演します。
だから片野尾まで足を運んで頂き、是非観て欲しいです。


感謝しながら、舞台を踏みしめ、役者として稽古していきますっ!

3月到来・・・長く寒い冬のトンネルをくぐり抜け、島は間もなく春を迎えます。

毎年3月の第一日曜日、赤泊地区の皆さんは民話劇を鑑賞して、春の訪れを感じています。今年は、新潟日報文化賞を昨年受賞した赤泊演劇研究会創立25周年記念公演となります。

演目は創作劇「黒い手拭(てぬぐい)」。さて、どんなストーリーなのでしょうか・・・

時代背景は中世の赤泊、年貢米を納めさせている庄屋と小作人のお話し、お寺のお坊さんが天に代わって庄屋を成敗というハッピーエンドです。例年通り、多くの赤泊住民と地区外の老若男女の島民がコラボレーションして、歌、踊り、コーラス、太鼓と様々な活動グループを巻き込み作り上げている島内唯一のミュージカル大作です。

当地区担当隊員は脇役として今年も出演します。(^_^;) どうぞ、お越しください!

詳細は次の通りです。

「島に春の訪れを告げるむら芝居」赤泊演劇研究会設立25周年記念公演

演目:「黒い手拭」

日時:平成28年3月6日(日)午後3時、午後6時

会場:赤泊総合文化会館

入場料:無料

主催:赤泊演劇研究会

後援:佐渡市・赤泊地区公民館

写真は今年の練習と昨年のフィナーレ練習風景です。


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住民有志「真野新町宿町屋再生プロジェクト」で行う本年の仕事始めは、「佐渡土人形絵付」体験です。

土人形とは、粘土を型で造形し素焼きした人形に絵の具で着色しただけの素朴なものです。

ルーツは京都の伏見人形で、江戸時代の後期に全国的に郷土人形として広まりましたが、ここ佐渡でも真野のお隣で「八幡人形」が販売され全島に広まったということです。

そんな土人形ですから、真野新町の古い町屋の中にいっぱい眠っています。
小木や相川の雛祭りのように、

金の道 真野新町宿でもそうした土人形を飾っていこう!
それなら自分たちでも作ってしまおう!

そんなノリで「佐渡土人形絵付」イベントを実施しました。

今も大崎地区の大滝学舎で手づくりの土人形作りを続けていらっしゃる葛原正巳先生を講師としてお招きし、真野地区の住民および子供たちの手で素焼きの人形に絵付けを行いました。

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皆さん真剣ですが大人はなかなか筆が進みません。

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一方こどもたちはどんどん描いていきます。

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私もようやくひとつ出来ました。
幸福を招く福助人形です。

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これらは、4月の真野公園桜祭りにあわせて真野新町通り佐渡土人形展として、真野新町の商店街店頭に飾る予定です。

稚拙でも自分の手掛けたものが街に飾られるのは気分の良いものです。
桜祭りのハッタンぼんぼりと共に、これから真野の名物になれば嬉しく思います。

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「真野新町宿町屋再生プロジェクト」は、こうした地域の文化を住民たちと楽しみながら後世に伝えて行きたいと考えています。

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1月11日に片野尾歌舞伎の顔合わせが行われ、稽古が開始されました。

着任した最初の年に、家来役として出させて頂いた片野尾歌舞伎。
(前回の歌舞伎公演についてはコチラから)

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今回の演目は「一谷嫩軍記)の三段目にあたる、「熊谷陣屋」というお話です。

協力隊最後の年ということで、今回セリフのある役をやらせて頂くことになりました。
気合充っ分です!

公演日は4月17日(日)です。

本番当日までの稽古の様子などを、シリーズであげていきたいと思います。


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       ―稽古は当日の会場にもなる「片野尾ふるさと館」で―


1月中は週に2回集まり、稽古を行います。
最初はセリフの読み合せから。
と言っても、各自自主練は必須です。

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喋り慣れない言葉。
過去の公演の映像も参考にしながら、セリフを覚えます。

んー!!

4月まで練習あるのみです!!












寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

今日は、越後に伝わる伝統行事、「まゆ玉飾り」について、レポートしたいと思います。

「まゆ玉飾り」とは、毎年、小正月の1月15日(旧暦2月15日)に、
五穀豊穣・大漁・商売繁盛を祈願して、まゆ玉に見立てた餅を木の枝に付け、
座敷や神棚・床の間などに飾り付けるものです。

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ここ外海府でも、先代から続く伝統を守りながら、今年もまゆ玉作りを行っている家庭があります。

まゆ玉作りでは、縁起が良いとされる「よのみの木」の枝に、つきたての餅をぶら下げるのですが、
餅の重みで垂れ下がったその姿は、稲穂のよう。
豊作祈願として、稲穂は象徴的な縁起物ですね。

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右手には「よのみの木」の枝、奥には、つきたてのお餅。
そして、手前にはお手伝いの猫。

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「よのみの木」の枝を整えるところからスタートし、
4種類の餅(とちもち・草餅・豆餅・白餅)を、一つ一つ枝に付けていく作業は、半日仕事です。

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越後の伝統行事として広がった「まゆ玉飾り」ですが、
地域や風習、生業などと結びついて、様々な形態に変化していったそうです。

佐渡では、大漁祈願として縁起物のイカを飾るようですが、
このイカがぶら下がる感じが何とも言えず・・・とても良いですね。

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しかし、こうした手間も時間も掛かる伝統行事は、
継承の難しさがつきもの・・・・

何とか続けなければ、自分の世代で絶やしてはならない、という想いから
毎年、欠かすことなく、手を抜くことなく、続けている家庭があることを、
もっと多くに人に知ってもらいたいと思いました。

きっと、もうすでに消えてしまった伝統行事や、
忘れ去られた年中行事もあるのでしょう・・・

しかし、今、残っているものについては、これからも守っていくべきだと感じました。
伝統行事の軽薄化は、近所付き合いの軽薄化にもつながるでしょう。
限界集落だから、過疎化だからといって、集落の人数を増やす事ばかりに目を向けるのではなく、
いま在る繋がりを、より濃くしていくことも大切なのでは・・・
と、色々な事を考えさせられた、とても濃厚な時間でした。


今回の取材にご協力いただきました、関集落の五郎助さんには、感謝の想いでいっぱいです。

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そして、ご馳走様でした。

「11月に子牛が生まれてな」

境内で甘酒をすすりながら、毎年訪れている参拝者の方々が世間話をしていました。

毎年1月8日は、新穂ダム近くにある大日孁(おおひるめ)神社の例祭です。佐渡牛の守り神として島内各地の信仰を集めてきた神社で、本殿には、ご神体として大日如来が安置されている、珍しい神社でもあります。

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10時の開始時間にはまばらだった参拝者も、例祭が進むにつれ、金井から、南部からとマイクロバスが続々とやってきました。島内の畜産農家さんたちが、一年の無事を願って毎年、お祓いを受けにやってきます。

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昔は6、7台のマイクロバスが横付けされ、出店も出たそうで、佐渡牛や乳牛だけでなく、農作業や鉱山の労働力としても、牛たちが島の暮らしに寄り添う存在だったことが伺えます。

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1から10まで、丁寧に行われる例祭。なかでも、恵比寿様の舞は佐渡に来て初めて拝むことができました。神様にお願いし、見事鯛を吊り上げる恵比寿様の姿に、つい頬が緩みます。恵比寿舞と大黒舞が一度に拝めるのも、今では珍しくなってきたようです。

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北鵜島(大野亀に近い佐渡の北部にある集落)から、2頭の牛飼いのじいちゃんばあいちゃんが来ていました。牛を飼う人たちにとっては、それだけ知られる神社ですが、地元ではあまり知られていない神社かもしれません。

こじんまりとした神社ですが、茅葺屋根の拝殿、大日堂は県の指定有形文化財でもある大日孁神社。安産の神様、今年の干支、申と未年の人の守り神でもあるそうですよ。今まで縁のなかった人たちも、山へ上がってみてはいかがでしょう?

大日孁神社例祭
毎年1月8日 午前10時ごろ~
※例祭中、年に一度だけ大日如来坐像の本殿の扉が開けられます!
(大きい像なので、扉からはほとんど見られないですが...)
・県道沿いの案内は「大日堂」と表記されています。
・狭い道沿いにあり、駐車場はありません。※Uターンは可能。
・場所はこちら→https://goo.gl/maps/K424shCbEk72


「民話の里・赤泊」には、由緒ある赤泊演劇研究会と赤泊民話語り部の会があり、平成元年以降、これら会の活動は旧村民主体で引き継がれ、今日へと営まれて来ました。

そんな揺ぎ無く継続しているその活動が、この度、新潟日報社に評価され、名誉ある第68回新潟日報文化賞への受賞と導きました。

先々月末、新潟日報メディアシップで表彰式が行われた後、1126日には地元赤泊で祝賀会が開催され、代表の菊池太一会長は開口一番「本受賞は我々旧赤泊村民の努力と絆の結晶である」と述べられました。正しく、永年の皆さんの努力の賜物に他ならないと思いました。また、今春の創作劇「宝相華」公演に出演した一人として、誇らしくも思いました。

赤泊住民の皆さん、この度の受賞、大変おめでとうございました。

「民話の里赤泊」演劇研究会、語り部の会が永遠に継続されることを心より願っております。


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穏やかな秋晴れが続く今日この頃、この「佐渡晴れ」のもと、業務を兼ね徳和・上小熊の屋号・「正覚」さん宅を今朝訪れました。
業務が終わり、帰りにご自宅敷地内にあるという薬師如来像とかさもり堂を、ご厚意で見学させて頂きました。
こんな野良小屋にと思いきや、何とも後光がさす様なまばゆいばかりの立像です。
薬壺は手に持ってはいない様ですが、法隆寺や唐招提寺の薬師如来に勝るとも劣らぬ立派な風貌です。
こんな素朴な集落の個人の庭に何故この様な素晴らしい如来像が・・・驚きがショックと化しました。(^^;)

隣の小屋にはかさもりさん(かさは瘡、皮膚病のこと)と女性の像が並んでいました。性病の守り神です。
赤泊は昭和初期
!頃まで港町として船の往来も多く、島内有数の夜の繁華街でもあったそうな。港を挟んで、西の柳沢には有名な瘡森社(かさもりさん)があり、東にはこの場所にひっそりとかさもり堂が建てられた様です。

女性の像に付いては不明ですが、一説によると、柳沢の瘡守(かさもり)様のお相手役であった浅生集落の名器を持った女性の神様、粟島さんではないかと思われます。

それにしても穏やかな顔立ちの女性です。(^.^)

いつの世も男女の関係は大事であったような・・・。(^_^;)

今世においてもこの様な発見が出来るのが佐渡の魅力でしょうか、
有難う佐渡。m(__)m


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町内の有志で進める「真野新町宿町屋再生プロジェクト」。
空き家となっている町屋の外観を住民の手で修復しながら、町を観光型商店街として活性化して行く活動を一歩一歩進めています。

当面の目標は、10月10日・11日に実施する「金の道 真野新町宿で 茶会と町屋体験」を成功させることです。
真野新町の秋のお茶会は昨年まで11年間続けてきたものですが、補助金や寄付に頼る運営に行き詰まり、昨年で区切りをつけ終わりにしようということになっていました。

秋のお茶会は、江戸時代の初期から金の道の宿場町として、あるいは北前船の集荷地として賑わっていた歴史ある街並みを紹介する役割を担って来ました。
10年以上も続いたお茶会が無くなってしまえば商店街は益々衰退するばかり、と有志たちが立ち上がり、新たなお茶会を続けて行くため1年間に渡り模索してきました。

新たな魅力を付加するため、プロジェクトでは子供達や住民と一緒に、かつて味噌や醤油の醸造業で栄えた源内邸の黒塀塗りや、お茶会の会場でもある呉服屋せいない邸の玄関に黒格子を復活させてきました。

今回のお茶会では、この源内邸で佐渡の家庭で古くから祝い事などの時に振舞われた「鉢台料理」を提供することにしました。

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前回は真野第1子供会の皆さんと国道沿いの黒塀を塗りましたが、今回は真野第2・3子供会の皆さんと立派な門が建つ周囲の黒塀を塗ってもらいます。

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ところが当日は朝からあいにくの雨。
子供達が集まってくれるか心配でしたが、作業の時だけは幸いにも雨が止んでくれ、多くの子供たちと親御さんが集まってくれました。

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まずはプロの塗装屋さんに指導してもらいます。

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普段はペンキ塗りなどなかなか出来ないので、子供たちはすぐに夢中になってしまいます。

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最後はスタッフにより細かな仕上げを行いました。

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塗り終ったところで雨脚が強くなりドシャ降りに。
この日は一日雨模様だったのですが、子供達の作業の時だけは雨も避けてくれ、雲(運)も味方になってくれたようです。

この後スタッフは真野新町の入り口にイベント告知の看板立て。

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10月10日は、この道で「金の道ウォーク」も行われます。
手作り感満載ですが、雨にも負けずスタッフ一同頑張っています。

商店街の活気を甦らせるため、まずは「金の道 真野新町宿で 茶会と町屋体験」が成功することを祈っています。

イベント名:金の道 真野新町宿で茶会と町屋体験
日時   :10月10日(土) 11日(日)
      午前9時半~午後4時(お茶席は午後3時半まで)
会場   :真野新町地内(お茶席は森邸、せいない邸)

下川茂東部集落集会所向いにある勝泉寺の境内には、弘法大師像始め、多くの石仏がみられます。これらの石仏は大正12年川茂の老婆たちにより寄進されたといわれ、旧暦715日・新暦95日の寄進日に因み、以降、お遍路が現在も当地区で行われています。

一昨日の5日(土)は天候も良く、のどかな初秋の田園風景に、お供えの花々の鮮やかさが秋空に生えていました。訪れた午後2時頃、お堂ではご婦人方による真言が唱えられていました。境内の全ての石仏には、真新しい純白の遍路札がたくさん貼られ、お遍路はすでに終えられた様でした。

お遍路と言えば、四国八十八か所を巡るのですが、その本場まで行けない代わりに、境内にある四国八十八か所の本尊を刻んだ石仏にねまった(座った)まま遍路札を貼って御詠歌を唱え遍路するそうです。(以前は立遍路とも言われた)

当地を始め、佐渡ではこの様に神仏への祈りが、身近な暮らしの一部として現在も営まれています。お陰様で、また一つ「佐渡学」を学ばせて頂きました。

下川茂の皆さん、ありがとうございました。(^.^)


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