佐渡市地域おこし協力隊サイト

佐渡市地域おこし協力隊全メンバーによる活動報告のサイトです

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文化/伝統

古くから宿場町、北前船の集荷地として賑わってきた真野新町には町屋造りの立派な建物が多く残っています。

町の有志による「真野新町宿町屋再生プロジェクト」では、高齢化で手入れが行き届かなくなった建物や空き家となって朽ち果てて行くこれらの建物を保全、再生しながら観光型商店街として活気を甦らせようと活動を開始しました。

前回の子供達による黒塀塗りに続く町屋再生事業の第二弾として、今回は元呉服屋の黒格子を復元しました。

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真野新町では毎年秋に、旧家を利用したお茶会を実施しておりますが、ここ「せいない邸」も今年の秋に会場となるかつての大きな呉服屋です。

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外側からは分からないのですが、中に入ると大きな蔵と中庭があり贅沢な雰囲気でお茶を味わうことができます。

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その蔵の中にいつ頃使っていたかも分からない古い格子戸が眠っていました。
商店街は街道を拡張する際に表向きは現代風になり、趣のある中の姿を想像できなくなってしまったので、この格子戸を復活させて古い町並みを再現しようということになりました。

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前回黒塀塗りを経験しているので塗装作業はお手の物。

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取り付けてみるとすんなりとは動かず、ちょっと調整が必要です。

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塗り残しが気になるので念入りに修正。

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半日程度の作業でしたが、素人とは思えぬ出来。
黒格子を嵌めるだけで町屋の趣きが大分増してきます。

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真野新町には数千万円かけても保存して行きたい貴重な民家がたくさんありますが、まずは住民たちが出来ることからやっていきたい。
町屋再生プロジェクトのそんな思いが少しずつ町に広がりつつある手応えを感じています。

まずは今年リニューアルする秋のお茶会をご期待ください。

イベント名:金の道 真野新町宿で茶会と町屋体験
日時   :10月10日(土) 11日(日)
      午前9時半~午後4時(お茶席は午後3時半まで)
会場   :真野新町地内(お茶席は森邸、せいない邸)

私の住む真野新町は、佐渡の中央真野湾に面し、国道沿いに商店が並んでおります。

江戸時代の初期には奉行所のあった相川と、越後への渡海場であった小木湊の中間地であり古くは宿場町として発展しましたが、北前船により集荷地として賑わうようになり、かつては新町塗りという漆器業や、味噌や酒の醸造業などで栄えてきました。

そんな歴史を持っているので、商店街は間口が狭く奥行の深い町屋造りで、外側からでは分からないのですが、中に入るとお宝がゴロゴロ眠っています。

時代の流れで商店街は寂れ空き家も増えて来たのですが、住む人が居らず朽ち果てていく町並みをなんとかしようと言う事から、有志による「真野新町宿町屋再生プロジェクト」がスタートしました。

とは言っても、町屋を改装するには大きな費用が必要ですので、まずは自分たちで出来る事から始めようと、子供達と一緒に空き家となっている大きな屋敷の黒塀を塗る事にしました。

前日、スタッフにより汚れた塀を洗浄。

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当日は夏休みのラジオ体操の時間に実施、スタッフは6時半に集まりまずはプロの塗装屋さんから塗り方の指導を受けます。

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7時になると小さな塗装屋さんたちが颯爽と登場!

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子供達にも塗り方や注意事項を説明してから塗りかた開始。

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始めは恐る恐るでしたが、そのうちみんながやりたい!やりたい!と大騒ぎ。

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予定の1時間でほぼ完成、黒壁の前で記念撮影。

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小さな子供たちでどれぐらい出来るか心配でしたが、子供たちのパワーに圧倒されました。
普段の夏休みは、ボランティアとして町のゴミ拾いなどをやっているとのこと。
その代わりとして壁塗りを実施してもらったのですが、こんなボランティアなら皆楽しんでやってくれますね。

何より、壁は塗装して守っていけば10年以上持ちます。自分たちの塗った美しい壁を見ながら成長する子供たちも、きっと自分の町を好きになってくれるはず。

そんな思いで一歩一歩、町屋再生プロジェクトを進めて行くつもりです。

Takigi-Noh was performed at Kusakari-shrine, Hamochi last night as a part of the events about Hamochi-Matsuri, Sado Island on 15th June.

Approx. 100 people were enjoyed the performance among the pleasant atmosphere in the open-air.

The title of performance was “SAIOUBO” which the story was originally from the ancient China however, it was a bit difficult to appreciate for the writer. (^^;)

Although they say that “ Noh mask itself has no expression but, shows the motion of man with its slight motion” , the thought could be a little bit understandable to the writer. (^.^)

In fact, Sado has 30+ Noh stages mainly in Shinto shrine in the island so that you can appreciate the performance of Takigi-Noh while your travelling to the island specially in this season.

For the further information, please refer to the site of Sado Tourism Association stated below;-

http://www.visitsado.com/en/00sp/0908/nou1.shtml

Hope you would be feel something about Japanese traditional arts at Sado!(^^)/


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佐渡にある様々な芸能の内、日本伝統芸能の代表格である「能」はその悠久の歴史と共に現在も佐渡に存在します。よそ者として当地に住んでいて不思議に思う事は、この様な高貴な芸能が、身近な庶民の皆さんの趣味(!?)として親しまれ、我々大衆へ演舞を提供されておられることです。

確かに、いにしえの室町時代に観阿弥を父に持つ世阿弥によりここ佐渡へ伝承された事は学びましたが、581年経った現在もこの芸能が継承されている訳ですから、その魅力は計りしれぬものがあるのでしょう、2001年に「能」がユネスコ世界無形遺産として宣言された事もうなずけます。

さて、当地では「能」を神社へ奉納される際、「薪能」(たきぎのう)として披露される事が多く、主に初夏の6月に多く行われる様で、佐渡薪能月刊とされています。

詳しくは、佐渡観光協会サイトを参照願います。

http://www.visitsado.com/main_page/06.html

今年の夏の宵は佐渡薪能を鑑賞され、「能」の優雅さを味わってみるのも風流ですね!(^.^)

写真は先月59日佐渡市椎崎諏訪神社能舞台で行われた演目「羽衣」です。


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中村です。

私が住んでいる北田野浦集落のお祭は、先月の4月14日に既に終わってしまいましたが、花笠踊りと小獅子舞に使われている竹笛がとても珍しいと聞いたので、その作り方を教えてもらいにいってきました!

北田野浦のお祭で使う竹笛は、「一孔(いっこう)の笛」と呼ばれていて、太さ4cm程の真竹を23cm位の長さに切り、吹き口のほかに、指孔を1つだけ開けたシンプルな横笛です。

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 右の笛が実際に使われている笛です。左は別の方が真似て作ったものです。


北田野浦のお祭は、佐渡市の無形民俗文化財で、約350年の歴史がある伝統ある祭です。
笛の担当は、その年の総代(集落の長)さんが決めており、今は、約30年間続けている60歳代の方とその次の代を担う20歳代の方が一緒に笛を吹いています。

他の祭りに使う道具もそうですが、担当になった役の小道具は、自分で用意しなければなりません。

なので、笛も山から竹を切ってくるところから始めます。
作り方は、それほど難しくはありませんが、自分の口に合わせて思い通りの音が出るまで、孔の大きさや笛の長さを調整しなくてはいけません。
竹の太さや厚さも音に影響してくるので、竹選びも重要です。

実際に、私も作った笛を吹いてみましたが、思っていた以上に息を吹き込まなくてはいけないので、数分吹いただけで酸欠になり、頭がくらくらしました。。。

北田野浦のお祭は、この笛と太鼓の音に合わせて踊りますが、笛は2,30分ほど吹き続けなければならないので、相当な肺活量が必要なのでは、、と思います。


この竹笛作りについては、カメラマンの方にビデオを撮ってもらったので、編集出来次第、動画サイト「YouTube」に公開します!
完成したら改めてお知らせします◎

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最後に、北田野浦のお祭は女人禁制でしたが、過疎高齢化が進み、これまでのように男性だけで維持することが難しくなってきたので、集落の皆さんで相談して、今年から女性も芸能に参加することになりました。

せっかくの機会なので、私も花笠踊りに参加させてもらいました。

集落の子ども達も、稽古に参加して芸打ちを一生懸命練習していました。

4月14日当日は、あいにくの雨でしたが、無事に終えることが出来ました。


作り方を教えてもらった竹笛を使いこなせるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうですが、大事にしたいと思います!

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外海府地区担当の重盛です。

外海府の矢柄という集落に、薬師如来像が祀られているお堂があります。
古くから毎月8日はお薬師さんの日といわれ、

この矢柄集落の薬師堂でも、毎年、旧暦の38日にあたる日に法要が行われます。

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薬師如来の幟

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矢柄集落/薬師堂へ続く道



矢柄の薬師堂の法要では、「護摩焚き(ゴマ焚き)」をおこなっています。

護摩焚きでは、家内安全・無病息災・交通安全などを祈願します。



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お薬師さま(左手には万病を治すことができるという薬壺を持っている)



私にとって初体験となる「護摩焚き」。

住職さんが、護摩木に書かれた名前と祈願内容を読み上げ、それを炎に投じます。

次々に投じられる護摩木によって、その炎はどんどん大きくなり、天井に届きそうになります。

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石名清水寺の住職さんによる法要


護摩焚きで出る煙には御利益があるとされ、
治したい病気やケガに効くといわれます。

また、知恵の象徴である火を焚き、
「煩悩を焚く」という意味もあるようです。


わたしも、頭が良くなりますようにと、煙を浴びてきました。


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護摩焚き終了後。道具のひとつひとつが美しい



また、聞くところによると、

矢柄に祀られている薬師如来像は、その昔、矢柄集落の浜に流れ着き、
それを拾った村人が大切に祀ったことが、この薬師堂のはじまりと言い伝えられています。
当初は、拾った村人のものとして扱われていましたが、そのうちに、集落全体のお薬師様として祀るようになり、現在に至るようです。


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矢柄の浜



その拾われたお薬師様、お目にかかることが出来るのは、
なんと、33年に1度だけ。

毎年、護摩焚きがあるものの、
その姿は金色の布で覆われていて、見ることができません。

次の“33年に1度の御開帳となるのは、4年後だそうです。

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金色の布の向こうには薬師如来像(20㎝ほどらしい)

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薬師堂は、矢柄の公民館としても使われている。


無事に護摩焚きが終了し、矢柄集落の皆さんとお茶会。

節目 節目に皆で集まり、健康や安全を祈願する。
生活のなかの、とても小さな出来事だとしても、
ずっと大切にしてほしい行事だと思いました。
矢柄の皆さんが、これからも健康でありますように。

 


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矢柄のベンツ


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お地蔵様に、だんごのお供え






 

先週末、赤泊演劇研究会主催による今年の創作民話劇は、大勢の観客を招き、成功裡に幕を閉じました。振り返れば、昨年12月に脚本を渡され、それ以降始まった週2回の夜間練習は3月に入りほぼ毎晩、本会会員やキャストの皆さんと共に、休まず良く続いたものだと自分自身感心します。

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度目の春を当地で迎える私にとって、何故これ程までに皆さんがこの民話劇に熱く情熱を注ぐのか、改めて、必然的に知る必要を感じました。


事の発端は平成元年、当時の竹下内閣が「ふるさと創生事業」を提唱、これを受け、当時の赤泊村が「民話の里づくり事業」を推進、「赤泊民話語り部の会」「赤泊御番所太鼓の会」赤泊演劇研究会」が次々と誕生し、以降、毎年これらの芸能活動を村民が村を揚げて公演して来た訳です。H7にはこの年の民話劇がNHKで全国放送され、H11には赤泊演劇研究会が地域づくり部門で自治大臣表彰を受賞、同年8月には全国高校総合文化祭・郷土芸能部門で羽茂高校赤泊分校(現在は廃校)が最優秀・文化大臣賞を受賞し、東京国立劇場で公演されたそうです。


以前から地元・赤泊衆は芸達者だと感じていましたが、人情の良さに加え、情熱的、努力的要素が、素晴らしいチーム・ワークを作り上げ、創意工夫を凝らしたこの様な全員参加型むら芝居を、今も当地に根付かせている理由の一つであることを悟りました。

そして、今年も参加された保育園児や小学校生徒が、やがて成人になっても、それぞれ親から譲り受けた才能あるDNAと共に、この素敵なパフォーマンスはきっと、次世代へと継承されて行くことと感じました。(^_-)-
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潟上鬼太鼓を伝承する潟上誠心会に、革の張替えを終えた太鼓が帰ってきました!

事の始まりは昨年の7月。浅草にある宮本卯之助商店の岡部さんから、芸能道具の管理・保存相談会を新穂でも開催して頂きました。(その様子はこちら

そこへ、潟上誠心会の皆さんが持参してくださったのは、革の破れてしまった太鼓。6月の天王祭りの門付け中、破れてしまったとのこと。
(総張替えの必要があるため、革を開いて胴の中まで見せていただきました。)

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その太鼓は宮本卯之助商店さんの品でした。神様が引き合わせてくれたのかもしれません。その場で修理をお願いすることとなり、岡部さんと共に太鼓は東京浅草へ。

昨年末に無事修理が終わり、先日誠心会の総会後、太鼓に魂入れが行われました!
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相談会を開く機会をいただき、不慣れながらも会を設けて本当に良かった!そして、この場に立ち会えたことに深く感謝した瞬間でした。

ちなみに、太鼓開きということで、佐渡のお酒「拓(ひらく」で魂入れ。
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潟上誠心会の益々の発展と、今年の祭りの成功を祈って。


中村です。

外海府の岩谷口集落では毎年公民館にてひなまつりを開催しています。

今年で7回目となります!

開催期間中[3/1(日)~10(火)]は、公民館を開放してどなたでも見学する事ができますよ◎

入り口では、特産品の販売も行います!
岩谷口産はざかけ米のコシヒカリ(とても美味しいです。レアもの!)、もち米、小豆、野菜、くるみ、海藻、(株)かいふ発酵の「麹のおちち」などを予定しています。

公民館の中はひな檀や集落の写真がずらりと並んでいて、記念撮影もできますよ★

毎年遠方からのお客さんもいたり、団体でのお客さんも来てくれます。
小さい集落ながらの温かみのあるひなまつりです。


帰りには海府荘のカレーランチや、與左ェ門のそば&パスタランチ、赤ちょうちんのラーメンなど食べていくのもいいかもしれないですね!

是非、みなさまお越しください。

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(写真は昨年の模様です)

<詳細>

・開催期間   :2015年3月1日(日)~3月10日(火) 10日間
           午前8時~午後5時
・場所      :岩谷口公民館
・お問い合わせ:0259-78-2391(田中) 


2/28から開催の相川ひなまつりのホームページにも、その他相川地区のひなまつり情報が載っていますのでそちらもぜひご覧ください!
     ↓
http://aikawa-hina.jimdo.com/ 

松の内が明けてすぐの土曜日、能の稽古を見る初めての機会に恵まれました。
今回の見学は、吾潟にある「本間家能舞台」を取材した際、大変お世話になった神主(こうず)弌二さんのお誘いに甘えたもの。
神主さんは、佐渡宝生流の太夫家・本間家を支援する主旨で明治期に設立された「佐渡能楽倶楽部」の会長を務める、佐渡能楽の重鎮。さらに言えば、能楽の保存・普及のために「佐渡中等教育学校」のスクール・カルチャーで講座をもっています。


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雪の舞い散る午前9時。2人の女子中学生がやってきました。稽古場は、神主さんのご自宅にある15畳の和室。能の稽古というと、さぞや厳しいものと想像していたのですが、神主さんと女生徒たちは、まずはお茶を飲みながら和気あいあい。「佐渡中央教育学校」の生徒だという2人に「神主先生は厳しい?」と問い掛けてみると「ぜ~んぜん」と屈託のない笑顔で答えてくれました。
稽古演目は『小さい袖曽我』。2月7日に学校で開かれる発表会で、お披露目する予定のものです。
正座をして、一礼してから稽古開始。お手製の稽古本を手にしながら、「はい、そこで右足掛けて」「行って3足7足だからね」「扇の手が高いよ」。冷え冷えとした稽古場に響く、神主さんの声。謡で鍛えられた朗々とした声音を聞いていると、背筋がピシッ伸びてきます。
しかし、およそ30分ほどの稽古を終えると、またまた茶飲み話で盛り上がります。3人を見ていると、失礼ですが、好々爺と素直なお孫さんといった趣です。


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すでにの“お弟子さん”も訪れています。こちらも「佐渡中等教育学校」の4年生の女生徒。
稽古する演目は、仕舞(囃子を伴わない舞)『羽衣のキリ』です。「今度、舞って(きちんと能面・装束を着けて舞うという意味だそうです)みないか?」と神主さんが提案しているところをみると、かなりの舞達者なのでは。そしてその予想通り、素人目から見ても所作、仕草が柔らかく、極めて女性的な動きで惹きつけられました。


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最後のお弟子さんは、佐渡総合高校1年生の女子高校生です。こちらの演目も仕舞で『嵐山』。「右半身になって」「そこで手を反して」。前の2組同様、真剣な面持ちで神主さんの指導を受けていました。
4人の稽古を終えたのは、昼前。雪を降らせた曇天の合間から、うっすらと陽が差し込みはじめています。神主さんの表情にはさすがに疲れが見えますが、どこか充実感にも満ちていました。


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稽古を見学していてなによりうれしかったのは、これほど若い人達が能に興味をもち、学び、そしておそらくは受け継いでいくであろうという事。これも佐渡の人々の間に、脈々と伝わるDNAのなせる業なのかも知れません。
神主さん曰く「能は、50年やっても終わりというものがない」。まだまだ傍観者の自分には到底知ることのできない、能の、そして佐渡の奥深さ。その一端に、わずかながらも触れられた1日でした。







貉(ムジナ)とは、本土ではアナグマを指すことが多いようですが、佐渡ではタヌキのことを貉、又は「とんちぼ」などと呼びます。

佐渡にはたくさんの貉にまつわる伝説が残っていて、巷で人気の妖怪ウォッチに勝るとも劣らない、個性豊かなキャラクター(貉)たちがいたそうな。

有名どころは二ツ岩団三郎親分。ジブリ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』にも登場した団三郎貉は、相川の二ツ岩大明神に祀られています。
 
◎車での二ツ岩大明神への行き方◎
・佐和田から県道31号線を相川方面へ、途中「相川中学校入口」の信号を右に曲がって600m程直進
・右手に案内看板とともに右に入る道があるので右折、細い道をひたすら1km程行くと左手に鳥居が現れる
※Googleマップのストリートビューでも確認できます(それだけ行く人が多い⁉)

さて、図書館で見つけた山本修之助の『佐渡の貉の話』には、なんと「佐渡むじな大番附」なるものまで...。
西の穴横綱はもちろん団三郎貉、そして東の穴横綱は赤泊徳和の禅達とあります。
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この本によると、佐渡には団三郎親分の下に四天王貉がいて、その一匹に新穂潟上にある湖鏡庵に祀られている「財喜坊」という貉がいたのだそうです。
ちなみに、他3匹は徳和の禅達、関の寒戸(佐武徒)のお杉、真野新町おもやの源助。偶然か、協力隊員の配属地区と被ります!(他の地区の貉をさす場合もあり。)

昨日は久しぶりにお天気も安定していたので、早速湖鏡庵へ行ってきました。
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佐渡四国八十八か所霊場の一つである湖鏡庵の参道脇に、財喜坊が祀られています。
なんだか今にも貉に化かされそうな雰囲気のある場所です。竹藪の竹が四方に倒れかかっているのは、ここ最近の大雪のせいでしょうか。

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ある晩、盗人が寺のものを盗んで逃げようとしたところ、財喜坊貉得意のたぶらかしで、道に迷い、境内を行ったり来たりさせられ夜が明けた。そしてとうとう捕まってしまったとさ。(『佐渡の貉の話』参照)

佐渡の貉は金山全盛期、錬金に使う鞴(ふいご)の革に使われるため、本土から入れられ、一気に増えたのだそうです。ムジナ信仰も、佐渡金山の遺産の一つと言えますね。

タヌキ掘り 金銀とうに 堀り尽くし 後に残るは 妖怪ばなし

◎車での湖鏡庵への行き方◎
・県道65号線(南線)を両津から新穂方面へ、天王川を渡って350m程進み、右へ上っていく道を右折
・150m程上ると道路がY字になったところの手前に、右手へ上がる道(ヘアピンカーブのように上っていく道)があり、湖鏡庵の門前(駐車スペース)へ続いています
※財喜坊の祠は、県道に面する参道、もしくはそこから右へ入った上り坂の途中から行けます 

年末を間近に控えた昨日の日曜日、赤泊・徳和地区の鎮守・徳和神社の氏子当番である浦津集落当番は神社の年明け準備として、しめ縄作りの為、粉雪舞う中、神社へ参りました。かく言う私は当番の代理で出席、縄を編んだ事のない未経験者ながら、裏方に徹しました。

鳥居、御神木、神社入口、神殿前、神殿入口、神殿と6か所の大小2種類6本ものしめ縄作りです。これらを、稲藁から作るのですから、想像しただけで、大変です。(^_^;)

先ず、お参りし、全員でお神酒を頂いた後、最初の作業は、用意した大量の稲藁束をほぐし、数本単位で、折れ枝や葉を除去し、選別します。これを編手へ渡し、編手は編む縄の太さを決め、藁を束ねそして、編んで行きます。その手さばきたるや匠の技で、手のひらで依りながら2本の撚り束を編み込んで行くのです。「手唾」はご法度、神殿に捧げる為、無礼は禁物です。寒いのに、清水に塩を溶かした水を手にしながら編んで行きます。場所によっては、お神酒を使うそうです。

朝8時から始めた作業は昼過ぎには何とか終了出来、その後は昼食を兼ねた慰労会となり、再び、大量のお神酒を頂戴しました。(-_-;)

今の時代、当地の様に稲藁からしめ縄を作っている地域がどれほどある事でしょうか、この様な経験が出来た事を神殿へ感謝して来ました。皆さん、大変お疲れ様でした。<m(__)m>

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Sado in Niigata, Japan have heaps of marvelous treasure in the whole island throughout its history.

In the early 17’s century in Japan, there was a gold rush in Aikawa town ,Sado and so many people flocking to the town from all over the place in Japan with their dreams of making a fortune at one stroke.

Consequently, population of the town became approx. 40,000 people in Edo age( 1603-1867) and Aikawa was changed into a leading commercial town not only in the island but also at the time of Japan.

Although many people had been remained in the town after the great rush of business in relation to Gold & Silver mining, some people had moved to other area of the island and has been running their own life respectively.

Eventually, nowaday society of Sado island has been consisted of almost these people with accumulated historical backgrounds. 

For your information, the mining had produced 78 ton of Gold and 2,330ton of Silver during 1601-1989 as the biggest Gold & Silver mine in Japan.

Hope the heritage for mining facilities in Aikawa + other mining in Sado to be registered as UNESCO World Helitage sites in the near future!!!

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道普請(みちぶしん)をご存知でしょうか・・・。佐渡に住んでいると極自然に耳にする言葉です。元々「普請」は仏教用語で、禅宗の教えだそうです。室町時代、江戸時代にその信者が力を合わせて作業に従事するという意味だったそうですが、21世紀の今もこの言葉は健在のようです。

昨日早朝、当隊員が居住する浦津集落の道普請があり、参加しました。女性を含む20名程が徳和・山寺集落に集結し、浦津集落へつながる旧街道を整備(草刈・水路整備)しました。

集落住民が力を合わせこの様な勤労奉仕をすることは、正しく集落の結束力の現れだと感じました。
今後もこの古き良きしきたりが継続する限り、我が集落の将来は輝かしいものだろうと思いました。浦津集落の皆さん、大変お疲れ様でした。<m(__)m>
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高千・外海府担当の中村です。


先日、 北田野浦へBSN新潟放送の番組取材が入ると聞いて私も同行してきました!

取材した場所は、阿弥陀堂です。

別名、その名も”おっぱい堂”です。


言い伝われた話によると、

昔、沖に出た集落の人の船が霧の中で流され迷子になってしまったが、

この阿弥陀堂から光が放たれて、その光のおかげで陸に戻ってこれて助かったらしいです。


この阿弥陀堂に関する巻物に色々書かれているようですが、文字が解読できないみたいです。。

でもご利益があることは昔から言われており、

お乳が出なくなったお母さんたちがお参りに行ったそうです。

そのとき作った絵馬が、おっぱいの形をしているので「別名:おっぱい堂」と言われているそうです。

絵馬は布で作られており、 以前は境内の中にたくさん並んでいたそうですが、

盗まれたりして今では数が減ってしまいました。

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取材当日は、阿弥陀堂の解説役のおじいちゃんや集落の方たちとBNSのアナウンサーと一緒に撮影に同行しました。


地元の人でもあまり知られていないこの阿弥陀堂をどこで知ったのか番組スタッフに聞いてみると、

このパンフレットを見つけて面白そうな場所があったので是非取材したいと思ったんです!

と話していました。


「佐渡たかちぶらぶらガイド」です。

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何年か前に作られた地元密着型の観光パンフレットです。


ちなみに同日には、同じ北田野浦集落にある食事処「赤ちょうちん」や、石名の天然杉、外海府・関の国民宿舎 海府荘なども取材があったそうです。


まだまだ他にも高千・外海府の穴場スポットがあるので私も行ってみたいと思います。 
 


是非、この番組も皆さんご覧ください!

全国放送(BSチャンネル)と新潟県内放送(地デジチャンネル)両方ありますよ★

チェックよろしくお願いしますー!
 

■放送予定■

★番組名:JNNふるさと紀行「ぐるっと大佐渡 自然の奇跡に出会う旅(仮)」

★放送予定日:BS-TBS 
         2014年7月19日(土)12:00~12:55「JNNふるさと紀行」

         BSN(新潟放送)
         2014年7月21日(月・祝)13:55~14:50

★出演:新海史子(BSNアナウンサー)、三石佳那(BSNアナウンサー)

http://www.bs-tbs.co.jp/documentary/KDT1101900/



新穂に引き続き、岩首でも芸能道具の管理保存相談会がひらかれました。
 
今回はお隣同士の岩首地区と松ヶ崎地区合同での開催とさせて頂きました。


祭りを続けていくのに祭り道具の管理保存はとても大切な事。

祭りには様々な道具が登場します。

太鼓、笛、鬼の面、獅子頭などの他にも各集落で衣装も様々。


 
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車座になり、皆さんあれこれと聞いていました。

隣の地区の祭りについては知らない事だらけ。「へ~。」と他集落の人の話に耳を傾けてみたり、「おらっちのとこと同じだなぁ。」と頷いたり、お話をして頂いた宮本卯之助商店の岡部さんの言葉にぎくっとしたり。

私が印象に残った言葉は、
「獅子でも鬼の面でも、目と耳は大切にしてください。神様は目と耳を通して祭りを見ています。」

面をかぶったら鬼になる。
お宮を出発してからは、いつもそこに神様がいるのだと、わかっていても心に刺さる言葉でした。


そして、お話終了後には参加者全員で懇親会。
この懇親会には参加者全員が参加してくれて、地区を越えて一緒に飲んで、話しました。

たいした事ないように感じるでしょうが、私にとっては岩首・松ヶ崎地区の皆さんが一緒に楽しい時間を過ごしてくれた事、お互いに初めて一緒に飲む人がいた事がとても嬉しかったのです。

地区を越えて、共通の話題のもと集まって飲む。

協力隊になってからやりたかった事の1つでもあります。

声をかけて頂いたNPO法人佐渡芸能伝承機構の松田さん、遠くから来てくれた岡部さん、そして参加して頂いた集落の方々、お料理作りを手伝ってくれたおばちゃん。

皆さんありがとうございました。




賑やかな宴会は日付が変わる頃まで延々と続いたのでした。

好きんもんが一緒なら、話はつきないのですね。


 

昨夜、新穂のとある場所に、珍しい顔ぶれが集まりました。
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大野の獅子や鬼、新穂中央の鬼、瓜生屋の獅子に、佐和田二宮の鬼面まで…
なんだか神様の会合のよう!

これだけ勢ぞろいしたワケは、浅草で文久元年から芸能具の製造販売・修理をされている宮本卯之助商店さんが佐渡に来島、この日は新穂で一夜限りの芸能具の管理・保存相談会を開いて頂きました。

宮本卯之助商店岡部さんから投げかけられた言葉は、どれも職人からのメッセージ。
鬼面を見ながら「皆さん、神様と思って接していますか?」との一言。
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重みのある言葉に、一同考えさせられた夜でした。
自分も太鼓を打つこと、太鼓との接し方を改めなければ…。

ひとつひとつの面や獅子頭を見ながらの解説は、なんだか学校の講義のようでした。
各集落の芸能具が一同に会すというのも、滅多にないことなので、大興奮でした!

ご参加頂いた皆さん、ありがとうございました!
芸能具の扱い方も、鬼太鼓を継承していく上で、芸とともに
後世へと伝えていって欲しい大切な知恵の一つです。


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岩首地区の真ん中、豊岡集落は急な斜面に家々が建ち並び他の集落とは雰囲気が違い、趣きを感じる集落です。

毎年6月の21日に近い日曜日に行われる東福寺での「虫干し」。

お寺の中には、ずらっと年季の入った12の黒い箱。

中には、10巻づつに分けられたお経が50巻。ということは全部で600巻!



1束づつ箱から出し、最初に一度箱に向かってお経を叩き付け、「大般若波羅蜜多経~」と題名や巻数、最後の行を読みながら蛇腹折りになったものをパラパラとめくりながら 埃とりをします。そして、また最後にもう一度箱にパンっと叩きつけ、次の巻へ。


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このパラパラとしていく作業がなかなか大変!人それぞれ色々なやり方があるようです。


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本来であれば12人すべてお坊さんがやるのが好ましいようですが、小さい集落でその資金を賄うのは大変な事。
大切なお経を今に伝えるためには、集落の人の力で守っていくしかないのです。

東京で暮らしていると、このようなお寺や神社の行事を体験したり、身近に感じる事はありませんでした。

佐渡には本当に多くの神社仏閣が残っており、小さな集落であっても1年に1回のお祭りを欠かしません。

そこに住み続けるために、隣近所との繋がり、集落で守っていくと言う意識をとても感じます。


そんな思いが重なりあって、先人たちから受け継ぐ財産がたくさん集落に残っているのだと感じる行事でした。



、 




担当地区の1つ、片野尾集落には

「片野尾歌舞伎」

という伝統芸能があります。

その名の通り歌舞伎です!


みなさんは佐渡に歌舞伎があるのを御存知でしたでしょうか?


今の佐渡の若い世代は知らない人が多いと思います。

無論、佐渡出身の私もその一人であり、この地に来るまで全く聞いたことがありませんでした。

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明治に旅役者から伝承されたのがこの片野尾歌舞伎の始まり。

戦争や時代の流れで歌舞伎が何度か中断されるものの、

「歌舞伎保存会」を昭和にいち早く結成し、今に至ります。


片野尾歌舞伎の定期公演会は二年に一度。
その第18回目が、5月25日(日)に片野尾の公民館で行われました。



本番に向けて役者の方々は今年の2月頃から稽古に励んできました。

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舞台や照明、音声も地域の方々だけで仕上げるのが片野尾集落の凄いところ。
地域の人達って本当にたくましいなと思います。


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そんな私も今回、家来役として出させて頂きました!



―本番当日―

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朝早く集合し、午後の開演に向けてメイクや着付けが始まります。


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化粧はまず、眉を脂(片野尾の人はロウと呼びます。)で潰し、次に顔全体に脂を塗ります。
これで化粧のノリが良くなるそうです。



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ロウが塗り終わったら白粉を塗り、隈取(歌舞伎独特の化粧法)をしていきます。



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化粧を専門に行う顔師の方(普段は片野尾の漁師さん!)

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みなさんどんどん仕上がっていきます。



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自分も歌舞伎メイクに初挑戦!!!
なんか、これはクセになります…!!




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開演まで化粧が崩れないように黙々と待ちます。

異様な緊張感…





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前座として水津の鬼太鼓、舞踊などが披露され、



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そして歌舞伎の始まりです!



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今回の演目は「奥州安達原 袖萩祭文の段」。

片野尾集落のみなさんの間では、人気の演目のようです。
人気の理由は何といっても、中心人物として出てくる子役の演技です。

子役は片野尾の小学生。

集落のみんなの孫のような存在の名演技に、冒頭から拍手が生まれます。

小学生とは思えない演技。その完成度から稽古の量の多さが伝わってきます。





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腰元役の2人は片野尾の若きレディース。

この2人も子役を経て今、この舞台に立っています。




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要所要所に、ベテランのきわ立つ演技。




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黒子は歌舞伎保存会の部長。今回の歌舞伎を、稽古から常に雰囲気良く牽引してきました。

義太夫は部長の父。親子二代!そして子役は部長の娘さんなので親子三代!がこの芝居を支えています。




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終盤になるにつれて、話も盛り上がって行きます!





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自分もセリフ等ありませんでしたが、一生懸命演じました!!




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一人ひとりが、


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最後まで気持ちを込めて…。




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こうして無事、今回の片野尾歌舞伎定期公演会が終わりました。
大きな拍手が、最後に会場を包みました!






二年に一度の公演。

片野尾歌舞伎の歴史を築いてきた名役者の方々も、年々その姿を消し、

片野尾歌舞伎をこれからも続けるか、続けないかというのは問題にもなっています。


それでも、

「片野尾歌舞伎は続けていかなければいけない」


という志のある人達のもと、
今回の公演は開かれました。






伝統とは「苦しみ」なのか「喜び」なのか。


そんなことをふつふつと、私は考えていました。


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確かに苦しみであるかもしれませんが、

公演会後の慰労会のみなさんの笑顔を見たら、

苦しみの先に必ず喜びがあると感じました。




後継者不足により、伝統芸能というものも今までのようには存続していけない中で、
かたちを変えていかなければいけない部分もいっぱいあり、


「片野尾歌舞伎とは何か?」というのはとても不鮮明なものになっていくかもしれません。


それは佐渡の他地域の伝統芸能にも言えることだと思います。



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それでも、一つの伝統芸能に、集落が一つになれるということは、

片野尾歌舞伎が、集落の人々の元気の「源」の役割を果たしているということです。






二年後の歌舞伎公演は、地域おこし協力隊として任期中最後の年。
私も、今度はセリフのある役をやらせてもらえるようなので、気合を入れて頑張ります!



今まで片野尾歌舞伎を知らなかった人、また今回観れなかった人は、是非二年後見に来てください!



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たくさんの方達が観に来て、観客として芝居を盛り上げ、この島全体で、片野尾歌舞伎を盛り上げていきませんか?


それが、これからの伝統芸能の新しいかたちなのかもしれません。




―水津地区担当 岩﨑―


※この記事を書くにあたり、たくさんの写真を提供して頂きました。誠にありがとうございました!

赤泊の街並みから小木方面へ約半里ほど西へ向かった柳沢集落はずれに奇妙な看板があります。表示には瘡森社<おさすりさん・性の守り神>とあります。この標識から山側へ100m程奥手にそのお堂があります。案内板の文字は風化し、読めないので「赤泊村史」を紐解いてみました。

それによると、赤泊は古くから港町として栄え、伴い、遊女屋も繁盛しており、そこで働く女性たちにとって大切な信仰の対象がこのお堂だった様です。お堂の中には瘡(かさ・・・皮膚病)を守る仏様が祀ってあるそうです。それが現在に至り、どういう訳か性の守り神=おさすりさんと言われ、男性のシンボルの石碑が祀られる様になった様です。

今でも多くのサポーターによりこのお堂は守られているそうです。赤泊お越しの際は是非お立ち寄りください! <m(__)m>

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