佐渡市地域おこし協力隊サイト

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文化/伝統


鬼や獅子を舞うときの精神論を語る人はそう多くはいないように思います。

7日の夜、瓜生屋の練習へお邪魔しました。本番を12日に控え、仕上げに入っている段階だからでしょうか、所作に対する細かい修正と共に、舞に対する心持やその時の感情まで役に叩き込みます。
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ある人が、「自分たちは演者なんだ」と仰っていたのを思い出しました。

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鬼太鼓の舞いに込められたストーリーをすべて理解することはできなくとも、獅子との駆け引きや鬼のバチ捌きは観ている側を魅了するだけの感情がそこに籠っていなければ、唯の「動作」になってしまいかねません。

舞の終盤、鬼が再び太鼓の前へ獅子を引き連れて戻ってきたとき、先輩から「楽しくやるんだ」とアドバイスが。
正直、自分としては予想外の言葉でした。楽しく???
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しかし、良く考えてみると、人々の厄を太鼓へと収め、ある意味厄との戦いに決着をつけたときの充足感に、鬼は満ち溢れているのかもしれません。そう思うと、今まで以上に鬼が生き生きとして見えてきました。
観る側も、想像を膨らませながら舞いを観ると、一層面白味が湧いてきそうですね。

私自身、太鼓を打ちながらも悩みが尽きませんが、役をやっている人はそれ以上の葛藤と戦わなければならないのだろうと思います。悩める後輩たちに、先輩からは「自信を持ってやれ」。
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祭りを経験して成長していく、演者へと成りきっていく過程も見ものです。

瓜生屋の本番は4月12日(土)です。


祭り本番間近、ついにこぼれ噺最後の目的地、正明寺へやってきました。

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正明寺の鬼太鼓には獅子がいません。だからといって、その分鬼が派手に動き回るわけではなく、どちらかというとゆったりとした、丁寧な踊り方に見えました。

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ちなみに、鬼は面の鼻に通した紐をくわえた状態で踊っています。面がずれないためなのですが、これによって息が出来ず、踊って息が上がる以上の辛さに鬼の人は堪えなければなりません。

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側で観ていると、鬼の息遣いが聞こえてきますよ。

「うちらは人数も少ないし、他と比べて緩いから...」そんな前置きが、行く前にありました。

黒鬼さんが1人、白鬼さんが1人、そして太鼓の裏打ちが4人。

確かに人数は少ないのでしょう。黒鬼さんが20代後半で青年会のなかでは最年少、その下は彼らの子供たちまで人がいないという、皆川集落と同じような厳しい状況です。

ですが、実際練習を見学させて頂き、鬼太鼓に対する想いを伺っていると、「他と比べて緩い...」という例えは、少し違うと感じました。

練習の厳しさや緩さというのは、伝統芸能を継承していく上で、あまり重要ではないように思います。
佐渡の鬼太鼓が、佐渡の人たちの生活の一部として生き続けているのは、伝えて行こうという想いと、「我が一番だ」という誇りがあるからだと、新穂の鬼太鼓を回っていて率直に感じました。

正明寺も然り、ここにも熱い想いを持って鬼太鼓を自分の子どもたちの代へと繋げたいと語れる若者がいます。

「語るからには自分が何より頑張って見せんなん」
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新穂の鬼太鼓を観て回って歩いた1ヶ月。
その芸能の素晴らしさ以上に、それを受け継ぐ「人」の魅力に憑りつかれた1ヶ月でした。

正明寺の本番は4月15日(火)、本宮は朱鷺でも有名な「石動神社」です。





赤泊には幾らかの歴史を伝える名所・旧跡があります。今回ご紹介させ

て頂きますのは、日蓮聖人が赦免され、2泊滞在し鎌倉へと船出した赤泊

・真浦の地です。「波題目の碑」を始め、「日蓮堂」、「参拝碑」など様々な

霊蹟があります。佐渡一周線、県道45号を赤泊から小木方面へ向かう道路

に面していますので、比較的解り易いと思います。

「波題目」とは日蓮聖人が沖に向かう船の上から題目を唱えたところ、去り

ゆく船の揺れている海面の月影が、水面に「南無妙法蓮華経」の銀字として

現れたと古くから伝えられています。

この地は佐渡市指定史跡また佐渡100選にも選定されています。

今から740年まえの1274年の出来事を、時を超えて思い浮かべるのも、

歴史の楽しみ方かもしれません。

当地へお越しの際、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。DSC04132

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4月に入っても、佐渡は冬の寒さにまだまだ身震いする夜が続いています。

昨日も雪がちらつく冷たい夜でしたが、青木の熊野神社からは太鼓の力強いリズム。
寒さに負けず、お宮の外での練習がこの日も始まりました。

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青木の白鬼さん、体格も良いので見ごたえがあります。
白鬼の面は、その迫力と、品のある表情が観る人を魅了します。映画『佐渡 テンペスト』でも使われた面だそうですよ!

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そして、裏打ち練習中の自分としては、見逃せないのがバチの細さ。鬼の持つバチも、太鼓を叩くバチも新穂の他に比べてとても細い印象です。
また、「太鼓がかり」と言う場面での太鼓のリズムも青木独特のものでした。ちなみに口太鼓では「デデスコデンデン」。軽快なリズムでとても心地よい音です。

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獅子との場面でも、鬼のバチに引きつけられる獅子が、ぐ~っと高く上まで伸びあがります。
獅子の人は、重い獅子頭を片腕で持ちながら、その腕を頭の上に回した状態で演舞しています。その状態から伸び上る動作は、考えるだけでしんどい。。。

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青木鬼太鼓、佐渡でも有名人?のブラジル人のカルロスさんが副会長を務めています。そのせいか否か、AETの先生も太鼓を叩きに来るのだそうです。佐渡の芸能を広く伝えて行こうとする青木鬼太鼓、人数が少ない現状もありますが、鬼太鼓へかける想いはやはり熱いものがあります!

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青木の本番は、4月15日(火)です。15日も青木、長畝、正明寺と盛りだくさんな一日になりそうです。

「新穂は鬼太鼓天国でしょ。」

先日、新穂大野の鬼太鼓にお邪魔した際、ご一緒させて頂いた佐渡芸能伝承機構の松田さんから言われた一言です。

新穂へ来るまで、この地域がここまで鬼太鼓が盛んだとは思っていなかった自分にとって、祭りまで1週間を切った今、すっかり「鬼太鼓天国」にどっぷりと浸かっている生活が何とも不思議な、それだけ祭りへ注ぐ力の大きさに日々驚かされています。

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大野は新穂のなかでも、鬼太鼓へ注ぐ力が真っ直ぐで、観ているこちらも背筋がピンっとなる雰囲気があります。大野の鬼太鼓は、佐渡じゅうでもここだけという独特な舞いと太鼓のリズムも持っています。初めて観る人は、きっと「ここは本当に佐渡?」と疑うような、鬼は歌舞伎のような型、太鼓の音色も大野流。

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大野の獅子、とにかく体制が低いのも有名です。まるで生きた獅子のよう…。この態勢を身体に叩き込むには相当の基礎練習がなければ出来ません。

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佐渡島内の人口が減っていくのに対して、鬼太鼓組の数は早々には減らない現実。佐渡の人たちにとって、祭りや鬼太鼓がいかに生活の中で大きなウェイトを占めているのか、思い知らされます。

大野の祭りは4月13日(日)です。新穂の日吉神社での奉納は夜8時頃を予定しています。この日は新穂の主流を行く舟下と、新穂の我流を行く大野の鬼太鼓が観れるまたとない機会です。

皆さん、是非新穂に足を運んで下さい!


祭りの日には、晴れた青空がよく似合います。

笛や太鼓の囃子の音もぐーんと伸びて聞こえるような気がします。


岩首集落では、春休みの小学生の子達の声が聞こえます。
 
さて、今回は集落の子供たちを連れて他の集落のお祭りを見学しにきました。


佐渡の祭りは多く、日にちが重なっていたりして他集落 の祭りに行けないこともあります。
これだけの芸能が継承されているのに、見ないのはもったいない!


毎年4月1日におこなっている杉野浦の祭りへお邪魔し、小獅子舞と大獅子の門付けを見学しました。
昨年は、笛のお手伝いをさせて頂き、初めて吹く2穴の笛の音が何とも不思議な世界に連れっていってくれました。

岩首の祭りには前浜型の鬼太鼓と大獅子がでます。

子供たちも普段見ている祭りと違う雰囲気に興味津々のようでした。

「なんで獅子の頭に付いてるものが違うの~?」

「太鼓はどこにあるの~?」

あれこれと質問が飛び交います。

集落の方々にも沢山遊んでもらい、お家にも上がらせてもらい、違う集落の空気をいっぱい吸収した時間になったかなと思います。


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最後は子供たちとお宮参り。




私自身の事になりますが、小さい頃から沢山の人と出会わせてくれる環境を両親が与えてくれた事が本当に今に繋がっていると思います。

色んな人と話す事。

色んな景色に出会う事。

感動したり、誰かに怒られたり、失敗したり、成功して褒めてもらったり。

私もこれからの人生、もっともっと佐渡でそんな感情に出会いながら暮らしたい!

佐渡には心を揺さぶられる人も物も景色も沢山あるから、私が出来る範囲でそれらに子供たちが触れる時間をたくさん作れたらと思っています。
  

元気いっぱいの子供たちの声が集落にこれからも響きますように。















 

新穂担当のおがです。今日も今日とて鬼太鼓のお話♪

佐渡には鬼太鼓組の数だけ鬼太鼓があると言われるほど、
それぞれに特色があります。
舞や太鼓の調子の違いなど、鬼太鼓自体の特色の違いも
もちろん興味深いですが、各集落を回っていると鬼太鼓を
伝承していく方法の違いや、集落の現状も見えてきます。

先日は、新穂の最も金井寄り、皆川へ鬼太鼓の練習にお邪魔致しました。

若い人が少なく、また30代後半〜40代の上がすっぽりと抜けており、
その上は60代〜70代の方々が現役です。

親子共演もザラじゃなく…。

以前は女人禁制が当たり前でしたが、現在は女性を受け入れている集落も
増えてきました。皆川では、現在のところ女性は入っていませんが、
この日も鬼太鼓好きな女の子がお父さんに連れられて道場に来ていました。
私個人的な意見ですが、彼女が太鼓を打てる環境に将来なったらいいなと思います。


人が少ないなかで、期待の助っ人がUターン組!
「自分は全く打ったことがないから、試験にパスしないと本番打てないんだよ〜」
なんて笑いながら仰っていましたが、太鼓をたたく姿は真剣そのもの。
何事も始めるのに年齢は関係ない!本番の登場が私も楽しみにしています!



皆川の本番は4月12日。当日の門付けは、一軒一軒丁寧に回るのだそうです。
門付けは、各戸で鬼が舞い厄除け、五穀豊穣を祈って行われます。
迎えるお家は、ご馳走でもてなし、お花代を気持ち渡します。

古くから生活と密着してきた文化や習慣は、なにぶん時代の変化に
影響を受けやすいものです。時代と共に人の暮らしが変わって行けば、
消えて行ってしまうものもある中で、鬼太鼓は現在まで生き続けている
貴重な文化だということを、改めて皆川の方々から教えて頂きました。

生活スタイルが変わっても、人が居続ける限り、守られて行ってほしいですね。

 

お彼岸の夜、佐渡は雪もちらつく寒い夜になりました。
新穂担当おがわ、昨夜は舟下鬼太鼓の練習を見学させて頂きました。

こじんまりとしたお宮の中での稽古。若手も大先輩も見据えるは4月13日本番です。



新穂の中でもいくつかの鬼太鼓の練習を見させていただくと、
皆それぞれやり方や、雰囲気が違って非常に面白いです。



舟下では、大先輩から先輩まで、経験者が稽古中次々と鬼や獅子役に声をかける姿が印象的でした。
あらゆる人からのアドバイスや意見にもみくちゃにされながら、舞を自分のものにしていく過程は葛藤も伴うはず。



鬼や獅子の稽古では師匠が付いて指導する場合が多いように思いますが、舟下の場合は
皆が師匠になり得るし、誰もが常に進化をし続けようと、相手の長所を取り入れながらも
自分のかたちを作っていく...正しく「切磋琢磨」という言葉が相応しい環境が出来ていました。



高校生の期待の新人も今年は獅子頭をやるようです。
若い世代と昔を知る世代が同じ空間にいる…何とも貴重な場所ですね。

練習後もお酒を交え(高校生の子はもちろんジュースですが)ながら、鬼太鼓の話で盛り上がるのを見ながら、この先もこの光景は続いていくんだろうなぁと思える、そんな熱意に感動しっ放しの夜でした。



舟下の皆さん、見学をさせて下さって本当にありがとうございました!

小川(新穂)

新穂まち今昔より

4月は新穂の山王祭りです。
着任して初めてのお祭りにワクワク、そわそわしている新穂担当おがわです。

今日は、地元理容室のシバヤマさんでお借りした『新穂まち今昔』という昭和58年に発行された本でお勉強。

目次には「鬼太鼓」という項目がしっかりと載っています。
佐渡出身の母を持つ私ですが、鬼太鼓の鬼はずっと悪者なのだと思っていました。
(ちなみに母は佐和田出身なので、新穂の鬼太鼓とまた違うものです。)

新穂まち今昔にも、『日本では「おに」は「おん」から出たもので、「おん」は「隠」であり「怨」であり…(省略)、人の目には見えないもの』、『この眼に見えない「何かが」鬼と想像され、眼に見えない暗闇と結びついて…。』と、やはり何か不気味な存在とあります。

しかし、これら恐怖や不安から私たちを守る手段として、果ては超人的な力を持つまれびと、善良な鬼が生まれたとも書かれています。
つまり、我々の氏神さまの祭礼に、この「まれびと」である鬼が身近にやってきて、悪霊を追い払ってくれるという信仰が、鬼太鼓としてこの地に受け継がれてきたようです。
時代と共に変化しながらも、今日も生き続ける新穂の鬼太鼓、掘り下げられるところまで掘り下げたいと思います。

※新穂の鬼は、基本「善」の鬼だと考えられますが、集落や他の地域ではまた、違った解釈もあるようです。
 

寒いですね。
寒波到来で海府は一面真っ白 吹雪いています。
私の家も水道が一部凍結してしまいました。

立春の昨日 真更川地区で「百万遍念仏講」が行われました。
ニュースなどでご覧になった方もいらっしゃると思いますが
100年以上続く伝統行事です。
大数珠を皆で持ち「南無阿弥陀仏」の念仏とともに
地域の安全 無病息災 五穀豊穣 大漁満足などを祈って
1000周回ります。

その昔、木喰上人として知られる弾誓上人が
大佐度の山中にある「山居」の地に滞在した際
麓の真更川集落とも深く交流を行っていました。
この行事もその縁が元となり代々受け継がれているそうです。



夏頃の山居の池。弾誓上人が修行した光明仏寺近くにあります。
緑がうっそうと生い茂りとても神秘的な空間です。



長さ23m重さ30kgもある大数珠。広げるとホールいっぱいに。
約250年前頃に作られたとされる数珠は桜材で出来ており
玉数は大3個小977個あるそうです。
(当日人海戦術で数えました。誤差がある可能性もあります)
この大数珠は佐渡市の有形民俗文化財第1号に指定されています。



起点となる大玉。ずっしりとした重さ。
この玉が正面に戻ってくると1周です。



大数珠の輪の真ん中には祈祷札。
数取役が数珠が回った数を記していきます。
数取役は集落の長老が行います。
約1000個の玉の数珠が1000周回る=100万という解釈で
百万遍とされています。



朝9時をまわった頃ゆるゆると始まりました。
数珠は時計回りに回します。
最初は数人でしたが次第に参加者が増え大きな円を描けるように。



座敷ではお母さんたちが太鼓と鐘で音頭をとります。
時々リズムが早くなり、その時は駆け足ぎみで回ります。
緩急織り交ぜながら百万遍は続いていきます。



今回は観光客の参加もありました。
新潟交通さんの呼びかけで20人弱の方がいらっしゃいました。
みなさん軍手&内履き持参で準備万端。
楽しそうに数珠を回します。
女性も多く場が華やぎました。
他には千葉からいらっしゃった人も。
真更川が大好きで年に数回遊びに来ている“常連さん”です。



昼時はいったん休憩。テーブル狭しと置かれた地元特産料理に舌鼓。
この日のためにお母さん方がいろいろと準備してくださいました。

少し休んでまた再開です。
なんせ1000周、かなりいい運動になります。
そして今年も無事百万遍を終えることができました。

このような形式の百万遍、佐渡ではここだけです。
当日は多くのメディアが訪れていました。
しかし過疎高齢化が進み、回し手が足りず苦労しているそう。
どなたでも参加歓迎だそうですので、興味のある方
来年は是非一緒に数珠を回しませんか?

最後までお読みいただき有難うございました。


                by-non@海府担当




 

皆さん、あけましておめでとうございます。
新穂地区担当のおがわです。
今年も、引き続き佐渡市地域おこし協力隊ブログを
よろしくお願い致します!

さて、来週13日は成人の日、成人式が全国各地で行われますね。
現在の成人年齢は20歳ですが、昔、公家や武家の子どもは
15歳前後で成人儀式を行い、子供用の着物から大人用のものへ
衣替えをし、髪型や名を変えることによって、成人への仲間入りを
したそうです。

新穂では、新穂中学校3年生を対象に、当時の成人儀式「立志元服式」を
3学期の始業式後に、毎年開催しています。
今年で22回目を迎えるこの式、今回、私は司会進行の役を頂きました。
(卒業式のような凛とした会場の空気に、第一声で噛んでしまいましたが…)

今年の3年生は24名。
一人一人が、色紙に1文字、自分の将来の夢や希望を表す漢字を書き初めしました。



「空」「話」「堪」「輝」「時」「極」「和」などなど…
どんな思いを込めて書いたのか、想像するだけでも
ワクワクしてきます!
その中から代表者4名が、それぞれの夢やなりたい自分について
発表もしてくれました。
佐渡が直面している高齢化のことも視野に、福祉の道を希望する子、
将来について、まだ自分の中で葛藤している、と素直な気持ちを飾らず
発表してくれた子。
子供たちの言葉が、ずっしりと心に響きました。



講演の時間では、プロバスケットボールチームの新潟アルビレックスBB
ゼネラルマネージャーの小菅学さんが、新潟から来て下さいました。
小菅さんのバスケットボールに打ち込んだ中学時代のお話に、
きっと聴いている3年生たちも、自分たちの中学3年間と重ね合わせて
聴いていたのではないでしょうか。



講演の後は、剣道形の披露がありました。
剣道形、太刀の形、小太刀の形をご披露頂きました。
お仕事の合間を縫って駆けつけて下さった先生方、ありがとうございました!

中学校時代と言うのは、誰もが多感で難しい時期を過ごしたかと思います。
それでも、自分の歩むべき道を一所懸命考えている彼らの姿に、
新年早々、気を引き締められる思いでした。

これから受験も控える3年生たち、身体に気を付けて
晴々した気持ちで卒業式を迎えてもらいたいですね!




 



佐渡島では、赤泊は民話の里として、広く知られています。

島内に多くある民話の中で、地元の民話を中心に編集された「赤泊の民話」
という立派な書物は地元のみならず、島民の民話の教科書として親しまれ
ている様です。

昨晩は、その本家本元、赤泊民話語り部の会の活動を見学させて頂きました。

この会は金子会長以下島内に住む7-8名の会員が月に2回ほど赤泊へ集ま
り、勉強会を開いているほか、島内にある小中学校や各地の集落イベント、
生涯学習勉強会などへ精力的に出向き、島民の皆さんへ地元始め、島内の
民話を語り、それを伝承されておられるそうです。

お邪魔した時には、年配のご婦人がたに混ざって小学校4年生の愛らしい
女生徒も活動されていました。私が見学に来たという事で、挨拶代わりに、
全会員(語り部)に一語りづつ実演して頂き、その、とても迫力のある語り
口に、私はすっかりメルヘン(おとぎ)の世界へいざなわれて仕舞いました。

中でも女生徒、ここみさんの「屁こきヨメ」と斉藤さんの「種まきザル」は
圧巻でした。

この様に、先人の語りを次の世代へ語り継がれて行く様は、正しく、郷土の
文化遺産だと痛感した次第です。

当地担当隊員として、今後の皆さんの活動に、陰ながら応援させて頂きた
いと思いました。

語り部の皆さん、ありがとうございました。
 
赤泊地区担当 佐渡市地域おこし協力隊 
隊員:亀﨑

 

11月は、島内で「生物多様性」や環境の関するイベントが目白押しです。

先日の土曜日は生物多様性推進フォーラム、月曜日には環境フェアが開催されました。
大人たちが真剣に講演やパネルディスカッションに参加する傍ら、
子供たちも子供たちなりの方法で、環境を考えるきっかけになっています。

生物多様性推進フォーラムでは、佐渡kids生きもの調査隊の隊長、副隊長から
1年の活動報告がありました。



隊長さんかなり緊張している様子...でも100名以上の観客を前に堂々たる発表!
田んぼにいる生きものマップづくりをした時の話では、
沢山の生きものたちの名前が次から次への出てくる、出てくる...
子供たちの生きものへの関心の高さが伺えました。

そして、無農薬のお米づくり、生きもの調査やお米の販売など
さまざまな活動を通して、学んだこと。
その一つとして、副隊長さんからこんな言葉も。

「佐渡のお米の美味しさを、もっと多くの人に伝えたい」

kidsの活動を通じて、子供たちが得る知識や抱く想いは、
計り知れないものがあります。

続いて4日にはトキの村元気館にて、環境フェアがありました。
私は終日、竹細工でカブトムシづくりができる体験コーナーのお手伝い。



先生の粕谷さんは、子供たちに丁寧に竹を選ばせます。
竹の特徴である節を使って、カブトムシの脚の節を表現したり、角に見せたり。

子供たちへ、竹と触れ合う時間を持ってもらうと同時に、
観察する眼を養ってほしいと言う想いが、お手伝いしていて
ヒシヒシと感じることができました。

意外にも、お子さんのお母さんたちが夢中になって作る姿も♪
大人の私たちにも、もう一度グッと生きものや自然に近づく機会が
必要なのかもしれません。


 

 私が岩首の集落に住み始めて6ヶ月。

集落で生活している中でいつも祭りの話は絶えません。
「今年の祭りは~」、「鬼打ちは~」それぞれの思いを話してくれました。

9月に入ってからは、毎晩お宮に余興部メンバーが集い、鬼打ちの練習をします。
19時すぎから呼び太鼓が集落に響き、順々に石畳の上で集落の若者が鬼を打ちます。

「どこどん ちんどん」と口ずさみながら、その横で新入りたちの練習です。




佐渡に来たかった理由の1つに「祭り」があります。高校生の頃に出会った郷土芸能。
お囃子の太鼓や笛を聞きながら、みんなで踊ることが大好きでした。

地域に残る祭りや芸能を見に行ったり、教えてもらう過程の中でいつもそこには憧れがありました。そこに住む全員が関われるものがある、年齢に関係なく話しが出来る、芸能があるからこそ、生まれる地域の絆があると思うのです。


いつも余興部の副部長さんが、「岩首の祭りは、誰1人かけてもいけない。」といいます。関わっている1人1人に役割があって、思いがある。



祭りが始まった朝5時からお宮に帰ってきて最後の言葉が終わったのが23時頃。とにかく必死に自分が出来る事をして過ごしました。とても長い1日でした。

祭りが終わって「いい祭りだった。」と一杯お宮で余興部のみなさんとお酒が飲めて一気に力が抜けました。
ここ住み始めて色んな人にお世話になっています。家々をまわる度にお家の人に声をかけれる事が出来て、「この花は、さとこに打ってもらいてえ。」と言って頂けて本当に嬉しかったです。




けれど、必死に走りすぎて、自分の思いばかりで見えなかった事がたくさんありました。

よそ者だから、許されたことや出来た事がたくさんあった事。
余興部だけでは祭りは出来ない、練習中からたくさんの人の支えで祭りが出来ていること。
昔からのしきたりや考えを大事にしている人がいるということ。
集落の女の人たちの思い。
地域の子供たちのこと。
外の人たちの関わり方。


祭りに関わる事は集落と付き合うことだと、今更ながらに実感しました。1年を通して、毎日の生活の先に祭りがあるということ。

もちろんいい鬼を打つためにもっともっと練習したいと思う、でもそれ以上に集落の人たちと沢山話して、それぞれの思いに触れて、また来年の祭りに向かっていきたいと思います。


協力隊としての活動ではなく、いち地域住民として生活をしていくことを意識する瞬間。

祭りはやっぱり私にとっていつも何かを考えさせてくれる存在のようです。


佐渡には、たくさんの祭りが残っていて1つ1つが集落自慢の祭りなのです。
自分のところの祭りが1番だと言える、佐渡に住む皆さんが本当に素敵です。















 こんにちは。いよいよ8月ですね。
移住後初めての佐渡の夏。とても楽しみです♪
梅雨よ早く明けておくれ。

さて、satokoさんのエントリーにもありましたが、島内で祭りが増えてきました。

もともと祭りとは豊穣を祈念したり感謝する儀式が広まったもの。
私の住む海府地域でも、古式ゆかしい祭礼が2つありました。

まずは 7月20日 北小浦の三峰山祭礼。



海と山に囲まれた北小浦は昔“北小浦の焼けっぱち”と呼ばれるほど火事が多く、住民が火伏せの思いを込めて建立しました。
埼玉県の三峰神社由来の社は、集落の上にある小高い山の頂にあります。



人が10人入れば満杯になりそうな小さな社。
ふだんは無人。しかも参道は山道のため雑草や木々に覆われた けもの道状態で、2週間前に集落で草刈を行いました。



祭り当日、社につくとまずは掃除。
そして神様にお供えする玉ぐしを作ります。



祝詞に合わせて住民が太鼓をたたきます。
祝詞は宮司がこの日のために作成した、神社が建立された経緯や集落のこと、これからの願いなどが盛りこまれたオリジナリティーあふれるもの。
祭礼は一時間ほどで終了。
直会で、これまでの祭礼の話を色々と聞かせていただきました。
昔は主に女性陣が前日から山に上がり、念仏踊りやおしゃべりなどを楽しんだそうですが、過疎高齢化が進んだ今、行きたくても登れなくなってしまった方も多いそうです。
また祭礼の進め方や太鼓のリズムを知っている人も少なくなってきたので、早めに記録し伝承していく必要があります。

そして先週末の28日。願 賽の河原で和讃(わさん)がありました。



前日まで雨続きで開催が心配されましたが、当日はまずまずの天気。
佐渡最北端の美しい景色が祭りに色を添えます。



賽の河原までの参道。海沿いの狭い道を15分ほど歩きます。
途中岩場などがあり、もちろん車は通れません。
なので仏具などの荷物を地元の人たちが協力し合って運びます。
テントや木材など大型資材は船で運び入れました。



祈祷するお札を丁寧に記していきます。



賽の河原を管轄する観音寺の住職を迎え開始。
真言宗の最高仏である大日如来を中心に6体の観音像に祈りを捧げます。
受付されたお札を読み上げ、供養します。



祈祷後、住職より和讃のいわれや観音像、地蔵についてのお話。
まだお若く仏職のほか写真家としても活躍されている多彩な方です。

賽の河原は、一昨年の爆弾低気圧による大波で全て流されてしまい存続が危ぶまれましたが、近隣住民や檀家の方が観音像や仏像を一つ一つ拾い集め霊場を復元したそうです。

こちらも檀家や集落の高齢化で年々参加者が減っているそうです。
また海沿いの不便な地にあるこの霊場を災害などからどう守っていくのか、悩みはつきません。

地域に伝わる伝統行事の祭りをどのように継承していくのか、過疎高齢化と深いつながりを持つ問題がここにもあることを実感しました。



 まだ梅雨があけない佐渡。
それでも昨日は、空も海も青々して気持ちのいい一日でした。



岩首の棚田を久しぶりに歩きました。
棚田がだんだん有名になり、たくさんの人が訪れるようになったようです。皆さん車で登って行くようですが、私は断然歩いて登ることをお勧めします。ゆっくり歩いても1時間半くらいです。

農道だった道が舗装されて、軽トラックや歩いて登る人ばかりだった道に最近は、大きな乗用車やバスが登ることが多くなったそうです。

ゆっくりこの景色を見て欲しい。

でも、あっちこっちに車を停めて写真を撮るのはどうなんだろう。

何十年も先祖代々受け継いできた田圃に勝手に入って畦を崩さないで欲しい。


ここにいる人達が大切に受け継いでいる田圃、そのことを意識して、この田圃がこれからも受け継がれていくことを願います。




集落のおじさん達が道の悪い所の舗装をしていました。
少しづつお金を出し合って、コンクリートを買って、自分たちの手で丁寧に自分たちの道を整備しています。

「業者に頼むより、たくさん舗装できるし、自分たちの道だから愛着を持って丁寧にやるんだ。岩首の砂利道を全部舗装するのが夢だなー。」と70代のじいちゃんが話してくれます。

「でもなぁ、田圃をやってくれる若いもんがいくらいるかなぁ。田圃を誰もやらなくなってしまったら、この道は寂しいなぁ。」

棚田は作業効率も悪い。お米をつくっても売れない。日本全体の米の消費量の低下。





私は、ここにきてここに吹く風と湧き水や山からの水で育ったお米たちが大好きになりました。

東京にいた時は、お米を食べても、野菜を食べても作った人たちの事を意識する事は本当に少なかったです。
自分に関係ある大きな出来事がなければ、ずっと無関心なんだろうと思います。

身近に農業に触れられる環境がなかった事。

食事を粗末にすることで、自分自身を粗末な人間にしてしまう気が今はします。


ここを訪れて、いい場所だなーと思ったら家に帰って食べるものをちょっと見つめて、日本のものを、地場のものを、たくさん食べて欲しいなと思います。

「美味しい!」って言う言葉が食卓にあふれるように。

ここの棚田のお米を食べてみたい!と思ったら是非次に来る時は、ガイドを頼むなり歩いて集落の人と話して縁を作ってほしいです。

ここで生きていくために、受け継ぎたいもののために日々勉強!健康一番!








海府 北鵜島の「車田植(くるまだうえ)」。
地区の北村家に伝わる習俗として国の重要無形民俗文化財にも指定されていて
毎年5月中旬の大安に実施、今年は本日行われました。

車田植は「終田(おうだ)」とも呼ばれ田植終いに行うもので
その年の豊作を祈願しての行事です。
早朝、苗代田から苗3束を迎えて田の神を祀り、その後苗を車田へ。
田面へお神酒を注いでから田植を行います。

神事のおかげか?毎年天気には恵まれるそうで、今年も晴天。
心地よい 風が海から届きます。



車田に植える苗。





絣を身にまとった早乙女が三方から中央へ進み、神様にお供えする苗を
寄せ合わせるように植え、「の」の字をを書くようにそれぞれ後方に進みます。
畦では田植唄が歌われます。



たくさんの報道陣!毎年多くのマスコミが訪れるそうです。

海沿いの丘にある車田。縁起のいい「鐘型」をしています。

田植は1時間ほどで終了。その後はおにぎりや地場特産物が振舞われ
ひととき労を癒します。

美しい北鵜島の風景とともに行われる車田植。
しかし後継者不足や高齢化など、存続について課題も数多くあります。
この貴重な文化財をなんとか守っていきたい。
そういったことも地域おこしの活動なんだと思います。


4月24日(水)に、北田野浦活性化センターにて「伝統芸能道具 管理・保存相談会」を開きました。

NPO法人佐渡芸能伝承機構(http://sadomaturi.grupo.jp/)の松田理事長のご紹介で、東京 
浅草の老舗「宮本卯之助商店」さん(http://www.miyamoto-unosuke.co.jp/)の岡部営業係長を招いて開催しました。

今回の相談会は、高千・外海府地区対象となり全18集落のうち12集落20名の参加者がありました!




中にはお祭りが無い集落からの参加者もあり、興味を持って頂き嬉しかったです。

当日は実際に祭り道具を持ち込める方は是非お願いしますとの案内をしていたので、大倉・北川内・後尾・北田野浦が持って来て頂き、それを見てもらいながら説明して頂きました。




これは北川内の3獅子の太鼓です。
馬革で張られており、木の部分はスギだそうです。




これは北田野浦の太鼓です。

よく見ると上に伸びた楕円形になっています。
この太鼓の革は牛の革なのですが、伸びる方向と伸びない方向が決まっているそうです。

こういう風に上に引っ張られていると楕円になり、太鼓の身体の部分も形が変わり最悪の場合割れてしまう恐れがあるそうです。
そうなる前に、革の張替えをしながらまん丸を保つと良いそうです。

また、この太鼓は表と裏の革を張り替えた時期が違うようで、表の音が高い状態にあるのが悩みとの事で、音を低く鳴らす為に岡部さんに応急処置をしてもらいました。

応急処置ですので、あまりお勧めは出来ないそうですが。。。


・まず濡れたタオルを用意し、革を少し湿るくらいに拭きます。
 拭く向きは、太鼓の巴柄の方向で拭くそうです。




・そして上から肘で押し付け革をやわらかくします。これも均等に巴柄の方向に押していきます。



この作業を数回繰り返すと音が低く叩けるようになります!


ちなみに太鼓の保存方法は、面を横にして布をかぶせておけば良いそうです。
布は夏用のシーツでも良いそうです。
縦に置かないといけない場合は、床と面の間に割り箸を置いてその上に太鼓を乗せておけば良いそうです。

置く場所については、直射日光を避けて、風通しのいい場所に置いてください。
また、空調が直接当たるようなところも避けて下さいとの事です。

面の部分の手入れですが、何も塗らないのが一番良いそうです。
つばき油・ニベア・卵・まつやにを塗ると良いとたまに言うそうですが、逆効果だそうです。
縁起が良さそうだからと言ってお酒をかけるのもだめだそうです。

また、万が一雨で濡れてしまった場合は、からぶきをし風通しのいいところで2週間くらい乾かせばいいそうです。ストーブに当てるのもだめだそうです。



次に、獅子です。



これは大倉の獅子頭です。
大倉の獅子頭には、まさかの展開がありました。

岡部さんが頭を持ち上げ、すこし穴の開いたところを下にしてトントンとすると、白い粉が出てきました。

「あー・・・これは、虫が入ってしまっていますね。。」

どうやら、まだ虫が獅子頭の中で生きているみたいです。
こうなってしまったら、虫に食われてしまった部分を削りとって復元するか、虫を殺さないといけないそうです。

獅子のたてがみは馬のたてがみだそうですが、最近は採れないそうです。
長くても15センチくらいのものしかなく、馬の尻尾の毛を使うそうです。

獅子頭やお面は木で出来ているので、たまに割れてしまうことがありますが、その際によくやってしまう事でしてはいけない事は、釘や金属の物で補強する事だそうです。
木よりも金属のほうが堅いので、木が傷んでしまい更に割れ目を増やしてしまうそうです。
割れてしまった時の応急処置としては、木工用ボンドや膠(にかわ)で塗るといいそうです。
アロンアルファなどの瞬間接着剤は向いてないそうです。




また、保存方法について質問がありましたが、防虫剤は保存箱の下に入れて置くだけでは意味が無いそうです。
下の方にだけ防虫剤が効いてしまうそうで、入れるのであれば箱のふたの裏に張ると薬が全体に行き渡るそうです。


相談会は1時間だけでしたので、あっという間に過ぎてしまい足りない位でしたが、参加された方々は興味深く岡部さんのアドバイスを聞いていました!

私も知らない事だらけでメモを取るのも大変でした。。

佐渡は、祭りがさかんな所ですので是非またこういった催しが出来ればと思いますし、他の地区でも開催出来たらいいなぁと感じました。

祭り道具を長くなるべくいい状態で保存していく為には、ちゃんとしたケアをしていかないといけないんですね。



4月21日 雨

全国的に寒さが戻ってきた日曜日。
岩首集落では、田んぼ作業が本格化する前に集落みんなが参加する「道普請」が行われた。

なんですかー「道普請(みちぶしん)」って??

こっちにきて初めて聞いた言葉です。

普請にも色々あるようですが、今回は岩首棚田への道の掃除、江や水路に溜まってしまった落ち葉やゴミをきれいに除去し、水がつまらないようにしたり、林道の整備といったものを6,7班にわかれて1日がかりでおこなった。
雨が降っていたため、落ち葉も水を含みずっしりと重たく感じる。熊手や鍬など様々な道具を使って道路、水の通り道を戻していく。

集落の中には高齢で作業に参加出来ない人もいる。そうゆう人は集落民としてお金を払う。

東京にいた時にはない、小さな集落を皆で守っていくためには色々なところでお金がかかったりするものなのだ。

でも、1人1人のことをよく知って色んなことを一緒にやる小さな集落の暮らしは悪くないと思う。
 

まだまだ住み始めて一月も経っていないけれど、田舎暮らしの良いところ、苦手なところどっちもお知らせしていきたい。

桜も散り始め、いよいよ田植えが始まりますよー。水を張ったこの時期の田んぼは、様々な表情を見せてくれそうです。



4月20日

私のお世話になっている岩首地区のお隣 松ヶ崎地区 浦ノ川内の祭り。

松ヶ崎地区は5集落(松ヶ崎・浦ノ川内・多田・浜河内・丸山)あります。またこの他に、丸山内の柳久保、多田内の黒根で、また別に祭りがひらかれている。今は一緒に色々なことをやっているようですが、元々は別の部落でお宮もそれぞれにあるようである。



4月にこちらに住み始めて色々なお祭りにお邪魔し、松ヶ崎地区も3日に浜河内、14日柳久保、15日に丸山へ。

「結」
昔から田植えや屋根葺きなど大人数が必要になる作業を小さい部落同士が共同作業し、お互いに助け合うという仕組みがある。

松ヶ崎地区の祭りに参加していると若い人たちがお互いに祭りを助け合い、よく話をしていると感じる。中にはまだ人もいて自分たちで祭りを維持しているところもあるようだが、祭り以外でも若手が協力して地域活性活動(清掃活動、屋号看板の設置など)を行う「松夢会」という組織もある。

人がいなくて昔のように大きな祭りができないとか、活気がないとか。
同じようには出来ないかもしれないけど、お互いに助け合って出来る事をする。好きなものを続けていくためにどうにかしようとしている人たちが、ここにはたくさんいる。そんな人たちがつくっている祭りは、とても賑やかで気持ちがよい。 
 

たまたま同じ年代の人が多くいるから仲が良いというだけではないと思う。

色々な地域で人がいなくて出来ないことが増えていくけれど、外から人を連れてくるだけではなく、隣同士でどうにかやってみる。佐渡も島内で助け合いができたらいいのかなとこの松ヶ崎地区の人たちの取り組みをみていて感じた。

日蓮聖人の縁の地でもあるこの地区。これからの行事に是非足を運んでみて人たちの気持ちに触れてみて欲しい。

■5月4日  松ヶ崎祭り(松前神社)
■8月14日  いこいの村祭り
■10月体育の日あたり  多田・黒根祭り
■10月最終日曜日 紅葉山まつり



私がお世話になっている地区以外にも私の「好き」な色々な地区も紹介できればいいなと思っている。


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