佐渡市地域おこし協力隊サイト

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民話

歩くにもってこいのお天気だった6月3日。

金泉地域における滞在型体験メニュー開発のため、お試しツアーを企画し実施しました。金泉はこんなに楽しく・美味しく・興味深い地域であることを感じていただきたいと思い、コースを考えました。

 

参加者は、
達者集落から4人(うちガイド1人)、大佐渡を担当する協力隊女子4人、私の9人。

 

コースは、

ファミリーオ佐渡相川→濡れ仏→姿見の井戸→目洗い地蔵→達者活性化センター(昼食休憩)→達者集落内→尖閣湾遊歩道→尖閣湾揚島遊園まで。

田畑のわき、草木に覆われた旧道、竹やぶの中の道を歩きますが、普段通ることがないため、とてもわくわくします。

(※姫津集落内も歩く予定でいましたが、時間が不足したため省略することにしました。)


コース紹介
その途中途中で、歴史や民話を聞きます。

ガイドをしてくださったのは、池田寅一さんです。


達者で生まれ育ち、私より50歳年上の現役ガイドさんです。田畑の世話と民話を語ることが生きがいだと、うれしそうに話してくださいます。
「むかーしむかし、そのまた昔にな、・・・」
ゆったりと語り始め、口調がやわらかく、お話を聞き入ってしまいます。

 

安寿と厨子王のお話をご存じでしょうか。


達者集落は、「安寿と厨子王」にまつわる場所が3カ所あります。
厨子王とそのお母さんが再会したといわれる「逢う坂(おうざか)」、
盲目のお母さんがここに流れる清水で目を洗ったといわれる「安寿地蔵堂」、
お母さんが目が見えるようになったことを確認したという「姿見の井戸」。

 

ちなみに、
「達者」という集落名は、逢う坂で親子が再会した際、「互いに達者でよかった」…の「達者」が由来と言われています。

 

「安寿と厨子王」のほかにも、小川集落にある「濡れ仏(ぬれぶつ)(地域の人は、“ぬれぶっつぁん”と呼びます)」や達者浜にある「山門洞」の伝説も話してくださいました。

 

そういういわれがあることを初めて知った
とくに気にとめたことがないから気になったこともなかった
達者はおもしろいな~
と達者からの参加者が言っていました。

長年住んでいると、そこにあることが当たり前で、その不思議さや素晴らしさを発見できないでいることがあります。民話に関することだけでなくここからの景色はいいね」「こんなにゆっくり見たことはなかったなどという声も聞きました。

 

ツアーで集落を歩くことは、観光客はもちろん、地元の人たちにも、集落に興味をもっておもしろさを知ってもらいたいという目的もあります。

 

写真にて当日を振り返ります。
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ツアー後、参加してくれた協力隊にアンケートをとったので一部ご紹介します。

 

良かった点としては、

・ガイドのゆったりした話し方が良く、和むコースだった。

・なかなか集落内を歩くことができないので楽しかった。

・観光客で、特にリピーターにはおすすめ、ありきたりの観光では物足りないという方にいい。

 

より良くするための提案としては、

・「安寿と厨子王」の全体的な話がわかるものが1枚あるとよかった。

・今回は晴れたが、雨天や冬は?

・ご年配の参加者が対象なら、3分の2程度のボリュームがいい。

 

 

企画した私としましては、

達者住民と協力隊の交流が多く見られ、みんなで楽しめたことがよかったと思いました。

本当に楽しい1日でした!

参加者はそれぞれ新しい発見があったと思います。島内外さらには集落内外を問わず、たくさんの人に金泉地域を歩いて知ってもらいたいなと、改めて思いました。このツアーを今後の活動に活かし、金泉地域をもっとアピールできるように努力します。



協力してくださった達者集落の皆さん、参加してくださった協力隊の皆さん、本当にありがとうございました。大変お疲れさまでした。

 

金泉を歩いてみたい」「池田さんの民話を聞いてみたい」など、
気になった方にぜひ遊びに来ていただきたいなと思います^^
達者海水浴場は7月23日に海開きをします。

海あそびと集落めぐり、
夏の思い出にいかがでしょうか。


中村@高千・外海府です。

担当地区内にありながら、なかなか足を運べていない場所はいくつもありますが、ここもそのうちの一つでした。。。

北片辺にある「裂織の里 鶴女房」という観光施設です。

観光施設と言っても、今ではほとんど使われることがなくなってしまった建物です。

北片辺の海岸の方にあり、キャンプ場の隣に建っています。

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 外観

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入り口付近の看板


この日は、とある取材のオファーがあり、この施設の経営・管理をしている本間さんに同行し、中に入らせもらいました。

ここ北片辺は、誰もが知っている昔話“鶴の恩返し”の発祥の地と言えます。

昭和の初め頃に、集落に住んでいた道下ヒメさんという方が民話の語り部をしており、当時の松屋旅館に泊まっていた鈴木棠三さんという方が、「鶴女房」(鶴の恩返しの話)の語り部を聞き、「佐渡昔話集」を後に発行しました。
その後、劇作家である木下順二さんが「鶴女房」を題材にし、「夕鶴」という戯曲を作ったそうです。

現在、北片辺の公民館「民話の館」前には、昭和64年に建てられた記念碑があります。


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そして、この「鶴女房」の建物も、記念碑が出来た時と同じ頃に建てたそうです。

本間さんは当時大工をしていて、集落にあった古民家を解体して今の場所に移築しました。
(しかも1日で解体し、2日で復元したそうです。驚)

民話の語り部を開くスペースに加え、佐渡の伝統工芸である”裂織”の工房も作りました。

本間さん曰く、

「鶴の恩返しは、裂織がルーツなんじゃないか?使わなくなった布を裂いて、新たに生地を作る工程は、鶴の恩返しの話と似てるだろ?」。

言われてみれば、そうなのかもしれない!と新しい発見。


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建物の中。古民家の面影たっぷりの空間。

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当時は囲炉裏の前に語り部のステージがあったそうです

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島内外の小学校からお客さんが来ていたそうです

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レトロ感たっぷりのソファー

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なぜか、神棚に鶴の被り物が。NHKの昼どき日本列島という番組で紹介されたことも。

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座敷の向かい側には、裂織り工房。


「鶴女房」は平成元年頃から営業をスタートし、平成20年ごろまで続きました。

語り部の語り手は2~3人ほどいて、1公演30分3話ほどの内容(1回1人300円)。

民話は、「鶴女房」のほかに「ねこの恩返し」や「乙和池」など佐渡にゆかりのある昔話をされていたそうです。

1公演につき50人ほど収容でき、1番繁盛していた時は1つの観光会社が6,000人/年お客さんを連れてきたこともあるそう。

当初は、新潟交通の観光バスのルートにも入り、尖閣湾揚島遊園~北片辺のコースも出来ました。

”百万人観光”と言われた佐渡全体の観光客の数が減っていくのと同じように、鶴女房にもお客さんが少なくなってしまい、平成20年に営業を終えました。


民話の語り部については、今でもたまに問い合わせがありますが、語り手の高齢化の問題もあり、公演を開くのは難しいのが現状です。

本間さんご自身は、この施設をどうにかしてまた復活させたい気持ちはあるそうですが、本人も高齢となり、なかなか簡単ではないです。


語り部を復活させて、最盛期の頃と同じようにお客さんを集める施設にするのか?
しかしその為には、次の担い手を見つけないといけません。

はたまた、古民家を活かして違う用途としての利用をしていくのか?直売所や飲食店・休憩所として開くのもいいのかもしれないけど、じゃあ誰がやるのか?

なくすのは簡単だけど、復活させる・継続させるのは簡単ではないと改めて感じました。


地域の宝さがしの次は、どうやってそれを守っていくか、地域の人が主体となって考えていけるようにサポートしたいと思います。

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