台風は寝ている間に去っていきました。目が覚めると、とても静かな朝でした。

私は、1年の中でもこの季節が1番好きです。
秋のひんやりした朝晩の空気。山の木々が少しずつ衣替え。夜の空に広がる星もくっきり見えます。



私がこの集落に引越してきてから1番にプレゼントをくれたおじいちゃんが亡くなりました。
道で会う度にそのおじいちゃんと話をしたくて手を振りました。山が好きで田んぼをやめてからも、おばあちゃんに怒られながらもバイクに乗って山に行くのが好きな人でした。

笑顔がとても素敵。
多趣味でひょうたんに絵をかいたり、柿や南瓜を丁寧に育てたり、俳句を詠んだり。
私たちが隔週で書いている新潟日報の記事を毎号とっておいて会う度にくれました。寒くなるとぽんぽんがついた可愛い帽子をかぶって散歩にでかけます。
言葉の最後に必ず「ありがとう」と言ってくれるおじいちゃんでした。

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集落に住み始めて、何度も見送る場面に出会いました。
といっても旅のもんの私が出来るお手伝いはあまりありません。

冠婚葬祭は親戚や組のもん、あたりのもんが手伝います。


集落のほとんどが親戚関係の人たちにとっては、きっと今まで何度も経験してきたこと。

親戚がいないのは私だけなんだと実感する瞬間です。


お通夜やお葬式には班とは別に昔からの組が存在し、同じ組のもんのお母さんたちが台所で料理をしたりします。男の人は葬儀の準備やらお客さんの相手など。役割分担がはっきりしています。


葬儀については東京とは違うことだらけでした。
お葬式の前に火葬することや、集落内の香典についての決め事、野辺送りをすること。縁の深さ。組同士でのお手伝い。


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ここで暮らしながら、いつも想像します。

この先もここで暮らしていくなら、誰かを見送る事がこの先たくさんあるんだということ。

「だんだん人が少なくなって、寂しいな。」と近所のばあが言いました。
「そうだね」と言いながら涙が止まりませんでした。

誰かを見送るのは悲しいし気持ちも落ち込みます。いつもよりちょっと元気がなくなります。

でもその悲しさも山に行けば山が、海に行けば海に吹く風や匂いが癒してくれるし、近所の人たちが笑っている姿をみると、やっぱりここが好きだと思います。



田舎に住むのは簡単じゃない。

口で「ここに住みたい」というのは簡単だけど、それには沢山のハードルを越えて、教えてもらい、人を敬い、少し甘えながら集落に住む1人として役割を果たしていかないといけません。旅のもんでも出来ることはある。

まだまだ努力が足りないけれど、自分の足でしっかり立てるように、見送った人たちに恥ずかしくないように生きたい!と思います。


台風が過ぎた後の海は白波がたち、消波ブロックにうちつける波の音が繰り返し響きます。

それも、気づくといつの間にかまた穏やかに。


悲しさの向こうにもその先はある。

出来る事を出来るだけ。